ネバー×エンド×ロール 〜巡る未来の記憶〜

 過去を変えれば未来も変わる。だから、絶望の未来から過去へと遡って、現代を変えようとする物語が登場したり、逆に現在の幸福を維持しようと、過去にさかのぼって変化させようと企む動きを止めようとする物語が登場して、その丁々発止のやりとりで、読む人を面白がらせる。

 無理矢理に過去を変えることによって、起こる変化を絶対に許さないと、時の神が手を下す物語もあるし、そんな神の手すらかいくぐって、変化を掴もうと人間があがく物語もあったりする。とにかく自在。おまけに多様。傑作も問題作も勢ぞろいしたタイムトラベル・ストーリーに、新鋭の本田壱成が「ネバー×エンド×ロール 〜巡る未来の記憶〜」(メディアワークス文庫、590円)という作品で挑んだ。結果は。

 街の中で疫病が流行って、隔離が必至だった訳でもないし、逆に外側が疫病の巣になって、札幌だけでも守ろうとした様子もない。優秀な人なら就職と同時に外に出ていける。ただし日常的な行き来は困難。そんな状態に札幌を陥らせている壁を、どうにかして乗り越えたいと、中学生の少年少女が動き出した。

 飛行機を作って空を飛に、壁の上を飛び越えようとする駆と勇夢という少年2人に、夏月という少女。そんな3人の前に、ある日空から1人の少女が落ちてきたから驚いた。いったいどこから。どうやら未来から。こよみと名乗った少女は、高い場所から飛ぶことによって、時間を遡れる力を持っているらしかった。

 それが証拠に、ナップザックの中には、現代のテクノロジーでは作れないアンドロイドの腕(スタンガン付き)が入っていた。疑っていた夏月も、こよみの言動を本当らしいと認めるしかなかった。そしてこよみの目的は、さらに過去に行くこと。理由は不明ながらも、駆はこよみを飛行機に同乗せて空を飛び、自分は壁を超え、こよみを札幌で1番高いところへと連れて行って、より遠い過去へと向かわせようとする。

 それは、駆にとっても挑戦でもあった。勇夢も夏月もともに優秀で、やりたい目標があって、将来それを実現できる可能性を持っていた。対して自分には何がある? そもそも何がやりたい? 目的もそれを実現させる才能も、見いだせない駆は自分にも何かできることを証明するため、壁の上にたどり着こうとあがいた。

 そんな1話目があって、少し未来に勇夢と夏月の2人が結構な大人になって、何やら研究をしている場面が描かれて、そこに壁の上へとたどり着いた後、紆余曲折を経てテロリストとなったらしい駆が関わってきたりするエピソードが描かれる。そして、その次の3話目で、はるか未来の宇宙が崩壊の瀬戸際にある世界で、こよみという名の少女が時間を遡る能力を得て、過去に向かって空中へを身を躍らせようとする。

 未来へと向かう少年や少女と、過去へと遡る少女。そのエピソードを組み合わせることで、例えばこよみが過去へ戻っていく過程で、自分たちの既に経験したことを過去において実行させて、何かを成し遂げようとするタイムリープの物語が描き出せる。過去が変われば未来も変わり、行動そのものが起こらないというパラドックスをしのぎ、うまい形にはめこんでいくパズルのような物語も考えられる。

 もっとも、この「ネバー×エンド×ロール 〜巡る未来の記憶〜」には、そうした要素はあまりない。こよみという少女はただ過去へと遡り、そこで出合った駆や勇夢や夏月といった面々が、未来へと向かって歩を進めていくだけ。何か未来が大きく変わるわけでもないし、現在の何かが変わらないで済むわけでもない。読んでだから何か食い足りないと思う人も多そうだけれど、そうした展開を経て示される、本当のラストから、少女が時間を遡る意味、過去に干渉しながら遡っていく意義が見えて、なるほどそうかと思わせる。

 それは有り体のタイムトラベル・ストーリーという枠組みに収まらない、ある意味で魔法のようなエピローグ。繰り返されるフィードバックの積み重ねから、未来が明るさに満ちたものになる可能性を教えてくれる。そうやって得られた知見によって、世界がいったいどうなるか、といったところまでは示されていないけれど、人間の叡智は底知れない。期待しないではいられない。

 宇宙が消滅する可能性について論じたエピソードがあり、人工知能が自らに課せられた、人工知能ならではの制約を突破するエピソードもあって、SF的に読みどころたっぷりのストーリー。なおかつ今を問い、未来のために何をできるのかを考えさせるストーリー。未来のために今を思い、今へと至った過去を思って、そして自分が歩むべき道を考えよう。


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