悩み相談、ときどき、謎解き?
〜占い師 ミス・アンジェリカのいる街角〜

 日本には古来より、「悪事も一言、善事も一言、言い離つ神」と自らを語る一言主という神様がいて、その託宣への信心を受けて神社に祀られていたりする。何をどう、誰に言ってくれるのかは分からないけれど、もしもその言葉を聞ける力があったら人は、預言者にだって占い師にだってなれて、結構な繁盛を得られるかもしれない。

 いやいや、良いことばかりを言う訳ではないのが一言主。悪い言葉を受けてそのまま放っては、預言を受けたり占いを聞いたりした相手は、怒ってしまうし2度と客としてやって来てくれない。それどころか悪い評判をまき散らして、他のお客さんまで来なくなってしまいかねない。

 神様の言葉だったら「しょうがない」と受け入れられても、それを放つ人の言葉は人間、素直に受け入れられないものなのだ。

 だから田中花子はときどき悩む。違う、この場合はミス・アンジェリカというべきか。成田名璃子の「悩み相談、ときどき、謎解き? 〜占い師 ミス・アンジェリカのいる街角〜」(メディアワークス文庫、590円)の主人公、田中花子は昼間はIT系企業で雑用係のような仕事をしているOLで、憮然としているからなのか同僚たちからは“ミス・ブースカ”とあだ名されて関わりを持たれないようにしている。

 もっとも当人もそれが苦にならないようで、むしろ望んでそうした立場にある様子。つきまとわれず面倒な仕事も押しつけられず、定時の午後6時になればさっさと退社してしまう。そして向かうのは夜の街角。そこに座って田中花子は“ミス・ブースカ”ではなく“ミス・アンジェリカ”という名で占いをする。

 タロットや占星術を勉強した訳ではない。もとよりひとり、内にこもってそこから鍵穴ような窓を通して、世間の女性たちの声を観察するように聞いていた身。その経験が次々に悩み事を相談に来る人たちの、本当に知りたいことを占いの結果として言葉に出せるようにして、占い師としての雰囲気をまとわせた。

 それだけではなかった。一言主。ミス・アンジェリカには突然、天啓のように言葉が閃くことがあった。それは自身にとってまるで覚えのないことで、けれども相談してくる相手にとってとても大切なことらしい。ミス・アンジェリカはそんな言葉をそのまま伝えては、見事に悩みの解決法を言い当てたといって評判になり、それが別のお客を呼んで、今では終電まで行列が出来る人気占い師になっていた。

 どうして田中花子に、ミス・アンジェリカにそんな天啓が降りてくるのかは分からない。体質ではありえない。何故なら相談に来た少女が、祖母の遺品として見つかった手紙の差出人らしい男性を探して欲しいと願った時や、別の少女が、学校を辞めて行方を眩ました友人の住んでいる場所を尋ねた時に、風景とかではなく住所を所番地までピタリと言い当ててしまったから。それは一種、超能力の部類に入ってくる。あるいは神意か。

 そして、そんな言葉は良いことばかりをもたらすとは限らない。祖母が関わったらしい男性の居所をあてた時は、ミス・アンジェリカのすぐ後ろで手作りのキャンドルを売っている青年が、話を聞いて何か助けになればと思い込み、相談して来た少女とともにその住所にある家に言っては、不審がられて“託宣”どおりに土蔵に捕まってしまった。ミス・アンジェリカが彼を助けに行く羽目になったものの、その時は結果として手紙の主が分かり、真相も分かって、誰もが安心を取り戻した。

 けれども、消えてしまった友人を尋ね歩いていた少女には、ミス・アンジェリカの言葉を聞いて赴いた先で、残酷な言葉が待っていた。誰かに向けての心からの好意や親切心は、けれども相手にとっては決して優しいものではないという矛盾。少女の側が自己中心的過ぎたという見方もできなくもないけれど、そこには純粋な好意しかなく、責めるのは酷だ。迷惑なら相手もすぐに拒絶すれば良かったものを、そこは繊細な世代にとっての矜持。言い出せないままズルズルとした関係が続いてしまった。

 それに決着を付ける時が来た。だから消えた。それなのに追いかけてきた。占い師の“託宣”という究極の武器を引っさげて。起こったのは「悪事」。共に傷ついた2人の少女の姿を見て、1人からは悪罵の声を浴びせられてミス・アンジェリカも大きく傷つく。占い師をやめてしまおうかとすら思わせる。けれども……。

 物語はまだ、その段階で止まっている。キャンドル売りの青年の強引ともいえる誘いによって、かつての友人以外に初めて外に知り合いを得たミス・アンジェリカ、というよりこの場合は田中花子が、自分の中に閉じこもってしまったままでいることは難しい。だから立ち上がるのか。そして再び街角に座って占いをして、ときどき降りてくる言葉によって人を救い、不幸にもしながらそれでも自分を貫いていくのか。続きを待ちたい。

 占いの時に発する言葉は短く、応対もつっけんどんで必要なことしか言わないのに、内心ではいろいろと考えてしまうパーソナリティがユニークなミス・アンジェリカ。ところが、子供が「弟が捨てられてしまった」といって貯金箱をさしだし、超合金のおもちゃを探して欲しいと頼んでくる「とんがりおもちゃ」というエピソードでは、少し違った面を見せる。

 いたいけな環境にあるのではと類推して、降りてきた「燃やされている」という言葉をそのまま出せずに子供を騙し、それが後に尾を引いて自分で超合金のおもちゃを買い、在りかといって伝えた砂場に埋めに行く展開に、田中花子でミス・アンジェリカの冷徹で達観したような姿とは違うキャラクターが見える。

 前にミス・アンジェリカが発した言葉を聞いて、相談者の少女が拉致されるかもしれないと心配になり、少女といっしょに尋ねた先で土蔵に閉じこめられ羽目になったお節介焼きのキャンドル売りの青年が、またしてもミス・アンジェリカへの相談者の話を聞いてしまい、盗み聞きかと怒られながらもなぜか相談者と意気投合して、彼が悩んでいる妻の浮気調査に乗り出す時にも、ミス・アンジェリカも駆り出されてしまう。

 断れば断れるのにそうしないのは何故なのか。自分だけの場所に閉じこもって、小さな鍵穴から外を見ていただけの以前とは違う、新しい自分なり本当の自分が見え始めているのかもしれない。相談者たちに訪れる様々な変化とはまた別に、自分だけの場所に閉じこもって、小さな鍵穴から外をのぞいていただけの女性にも、何かが訪れる時を期待してみたくなる。


積ん読パラダイスへ戻る