風水バスターズ
南京町虎笛奇譚

 「ヒロインはカンフーの達人で、相棒は帰国子女の美少年と天才ゲームプログラマーのヲタクちゃん。神戸の高校に通う仲良し3人組の前に、ある日謎の怪物が出現して、次々と人を襲ってゾンビ化させ始めた。どうしようもなく手をこまねいていたところに、香港から美形の風水師が到来。3人といっしょになって、怪物出現の原因となった西太后の壺の謎に挑むのであった」

 とまあ、こんな設定とあらすじの本があったとしたら、あなたは読んでみたいと思うだろうか。「風水だって」「アラマタの真似じゃん」「またドリカム?」「はやんなーい」。そんな声が聞こえてきそうな設定とあらすじでは、たしかにある。一応は手に取って、どんな作者が書いているのかと、カバーの折り返しを見て2度びっくり。1958年生まれ、当年とって(たぶん)38歳の、ストローハットを被ったインチキそうなおっさんが写っている。

 「おやじがファンタジー?」「ヘンタイちゃうの」「ネチっこそー」「やめとこやめとこ」。あわれ麻生燦(さん)の最初の小説「風水バスターズ 南京虎笛奇譚」(角川スニーカー文庫、618円)は、ぱっと見の印象といわれなき風評によって、女子高生とヲタクな少年(一部中年)でにぎわうヤングアダルトのコーナーから、ひっそりと葬り去られていくのであった。

 「だがしかーし」と、ここで声を大にして言おう。「買いなさい。読みなさい。そして面白がりなさい」。「風水バスターズ 南京虎笛奇譚」は、さもありなんな設定とあらすじ「だけ」の本では決してない。ドリカムな主人公グループとアラマタな風水師の絡み「だけ」の本では絶対にない。そこには生き生きとしたキャラクターがいて、謎に満ちたストーリーがあり、テンポの良い会話にあふれて、ラストではジンと来る感動が湧いてくる。年の功より亀の甲。38歳(たぶん)のインチキそうなおっさんは、酸いも甘いもかみ分けた、百戦錬磨の物語師だったのだ。

 主人公の林美華(リン・メイファ)は、神戸の南京町でチャイニーズのファストフード店を営む華僑の3世。祖父から直伝の中国武術「桃花拳」の達人で、おまけに大の阪神ファン。今はもういない真弓選手を敬愛して、家に貼ったポスターを見ながら心をトキメかせるのであった。

 そんな美華が学校で所属しているのがゲーム研究会、通称「ゲー研」。創設者は美華の同級生で体重90キロのヲタクな少年・神谷恒太郎だが、じつはこの恒太郎、子供の頃からコンピューターゲームのプログラミングに秀でた才能を発揮して、発売日には徹夜組も出る人気ソフトを何本も手がけた、売れっ子ゲームプログラマーだった。「ゲー研」も実は恒太郎がゲームで得た資金をもとに、学校から一切の援助を受けずに設立したクラブで、美華は学校で偶然親しくなった恒太郎に引っ張られて、「ゲー研」に出入りしては、恒太郎の新しい研究を手伝ったり、数学を教えてもらっていた。

 「ゲー研」もう1人の部員、長身で美形の藤原洋介は、海外での生活が長かった関係で外国語が得意な癖に、奥手でシャイな性格で、好きな美華になかなか告白できずにいる。関西弁ばりばりの美華や恒太郎が、ポンポンと言いたいことを言い合っている間で、ひとりもじもじとしながら、大切な美華を見守っていた。

 そんなある日、美華の目の前で1人の少女が妖しい影に襲われていた。大変と思ったのも束の間、影はすーっと消えてしまい、後には動かない少女の体が残された。美華の通報によって、警察は少女の体を収容したが、まもなく少女は死亡。霊安室へと送られて、明日解剖というその時になって、もやもやとした煙が充満する部屋で、死体となった少女が起きあがり、そのまま忽然と姿を消した。

 やがて、同じような事件がチャイナタウンで頻発するようになり、チャイナタウンはそのまま、夜ごと「ゾンビ」が動き回る、恐怖の街となってしまった。その原因になったと見られたのが、米国と日本に存在するという1対の壺。西太后の命によって取り寄せられたというその「天の壺」「地の壺」には、永遠の若さを権力を願って止まない西太后のための、不老不死の秘宝が治められていると言い伝えられて来た。しかし、米国に渡った壺は宝を探すマフィアの手によって奪われ、香港では壺を開ける力を持った「虎笛」は、風水師・楊明青の家から盗まれていた。

 残りの壺は神戸にある。その秘密を美華の祖父で神戸華僑の長老、林国健が知っている。壺の在処を聞き出しにマフィアが神戸を襲い、地脈の乱れをたどって虎笛の盗まれた先を辿った明青が神戸へとやって来た。そして、ときおりグラリとする感触の中で、清代の中国へと意識を飛ばさる経験をしていた美華を中心に、すべての謎が88年の時を超えて解き明かされようとしていた。

 中国が好きで神戸が好きという作者の趣味が、震災から1年が経ち、少しづつ立ち直りはじめていた神戸の街を舞台に結実したのが、この「風水バスターズ 南京町虎笛奇譚」。登場する人々は、誰もがとにかくエネルギッシュに生きていこうと頑張っているが、時折はさみこまれる震災の傷跡の描写によって、「復興」という名のもとにともすれば覆い隠されてしまいがちな、あの未曾有の大災害の記憶が、読者の中にも蘇って来る。「ガンバレ神戸! ガンバレ阪神タイガース!」という一番伝えたかったメッセージを、ヤングアダルトという、若い世代に届きやすい媒体を選んでその中に描き出した作者の、まさに作戦勝ちもといえる小説だ。

 謎は解決してしまい、奥手でシャイな洋介もちょっぴり成長してしまったようで、このままハッピーエンドで終わってしまうのも一興だが、折角のヒロインとヒーローたちだ。香港に帰った風水師ともども、こんどは中国返還で沸き立つ香港あたりを舞台にして、激しいアクションとお笑いな会話、そしてはんなりと甘酸っぱいラブ・ストーリーを繰り広げさせてはいかがだろうか。その時はヲタクな恒太郎にも、甘酸っぱさをちょっぴり分けてやってやって頂きたい。ヲタクな読者のわがままな勝手なお願いです。


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