流れ星が消えないうちに

 重なり合って生きている。関わり合って暮らしている。大勢の人たちとつながりあって人は生き、生かされている。

 つながりは永遠じゃない。とつぜん途切れてしまうこともある。重なりが消え、関わりがなくなってしまってできる穴。小さかったらすぐに新しい関わりができて、つながって埋まってしまう穴だけど、とりわけ強かったつながりが途切れて、できてしまった大きくて深い穴はすぐには埋められない。

 ぽっかりとあいてしまった穴。心のほとんどに広がってしまったその穴に落ち込んで、とらわれてしまったところから、どうやって立ち上がったらいいんだろう。大切だと信じている思い出を覆い隠そうと重なってくる関係を、どうやって受け入れたらいいんだろう。

 拒絶するか。穴の中にしゃがみ込んでずっと目をつぶり続けるか。でもそれだと永遠に穴は埋まらない。どうしたらいいんだろう。だいじょうぶ。ひろがってしまった穴がいくら大きくても、いつかまた人は誰かと関わり合う。重なり合ってつながりを取り戻す。そんな再生と快復の様が、橋本紡の「流れ星が消えないうちに」(新潮社、1400円)につづられる。

 幼なじみで、高校生の時に本当につきあい始めた加地君が、外国を旅行中に事故で死んでしまった。残された大学生の奈緒子は、彼の残り香が漂っているように思えて仕方のない自分の部屋では眠れず、今は玄関に布団を敷いて寝起きしている。

 そんな奈緒子のぽっかりと、大きく開いた心に重なって来たのは、死んだ加地くんと高校時代の知り合いで、奈緒子とも巧君。死んだ友人に申し訳なさを覚えながらも、巧君は奈緒子との距離を詰めようと懸命になる。

 けれども平静さを取り戻したように見えて、やっぱり心に開いた穴は大きかったのだろう。奈緒子は時折、気持ちを死んだ加地君の方に向けてしまう。旅行中に知り合った女性といっしょにいたところを、事故に遭って死んだ加地君への疑いを引きずって、引きずられて穴から出られないでいる。

 そんな奈緒子のところに、母親と妹を連れて赴任していた九州から父親がひとりでひょっこりと戻ってきてしまう。家出して来ただけとしか言わなかったけれど、妹からの連絡では、どうやら夫婦げんかをしたらしい。なにがけんかの原因かはっきしりないまま、奈緒子は戻ってきた父親と暮らし始める。

 玄関で眠る奈緒子をとりたてて父親はとがめ立てもしないし、奈緒子の様子を見にやって来た巧君とも仲良くなってしまう。そして巧君から諭されて、というより彼にそれを伝えた死んだ加地君の言葉をまた聞きする形で、父親は考えてばかりの日々を止め、町内会のためにとチラシを刷り、パトロールをして日常へと復帰する。

 動き始めた父親をかたわらに、ぎこちない関係の続いていた奈緒子と巧君との間にも、ちょっぴりの進展が見られるようになる。そして奈緒子は1年ほどひきずっていたわだかまりからどうにか抜けだして、死んだ加地君が学生時代に作り、巧君もそれに協力していた自家製のプラネタリウムを、押し入れの中から引っ張り出して光を灯す。

 それは過去を思い出しては飲み込み、明日へと向かうための一種の儀式。その中から奈緒子は巧君との新しい日々を探り、父親も彼なりの明日を見つけようとする。

 重なり合い、つながりあっていた関わりにしっかりと組み込まれていたひとつの、そしてとても大きな存在が、突然にポッカリと抜けてしまった時に襲ってくる喪失感。それがもたらす世界のぐらぐらとする感じが、心に穴をもった人をいっしょにぐらぐらと揺さぶる。けれども、大きかった奈緒子の穴が、進展していくコミュニケーションの中でふさがれ、世界が新しい安定感を取り戻していく様に、心にもっていた穴もふさがれ、世界へのつながりがもたらされる。

 同じ著者では、肉親の死に心が壊れてしまい、階段の踊り場で毛布にくるまって閉じこもる女性が出てくる「毛布おばけと金曜日の階段」(橋本紡、メディアワークス、550円)に似たタイプの物語。失われてしまったものをめぐって、家族や友人が悩みもだえながらも、快復へと向かう確かさというものを見せてくれる。

 毛布お化けの住んでいる階段の踊り場からは、階段を下りて玄関を抜け、外にいくまで距離があった。それよりは玄関の布団の方が、外の世界に近かったし、引っ張り出してくれる人もおおぜいいた。だから奈緒子は布団から出て、プラネタリウムと再会できたのかもしれない。

 奈緒子のようにはあっさりと布団を出られない人も、むりに布団を片づける必要なんてない。ゆくりと立ち上がり、玄関に差し込む光をつかんで、ドアノブを回して外を見る。まぶしさに決意がぐらつきそうになったら、布団へと戻ってそこからもういちど、頭を出し、薄目をあけて光を見よう。

 まぶしさに目が慣れ、そして引っ張り出してくれる手も増えるその時を、「流れ星が消えないうちに」を読みながら待ち続けよう。


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