横浜元町コレクターズ・カフェ

 角川文庫のキャラクター小説大賞を受賞した「樫乃木美大の奇妙な住人 長原あざみ、最初の事件」でデビューしたた柳瀬みちるの新シリーズが登場。その「横浜元町コレクターズ・カフェ」(KADOKAWA、520円)が舞台にしているのは横浜市の元町付近で、みなとみらい線の元町・中華街駅を港の見える丘公園に近い出口で降り、JRの石川町方面へと歩いて行く商店街は綺麗に整備され、ファッショナブルな店が軒を並べて買い物意慾を誘う。

 そんな店先から張り出したひさしが、アーケードとまではいかないまでも歩道を覆って雨でもそれほど濡れずに歩いてショッピングを楽しめる。お金に余裕があったら通い詰めてはいろいろな店でファッションに食事に雑貨にと、買い物をして時間を過ごしてみたくなるけれど、そんなゆとりを楽しめるのは時間にもお金にもそれなりに裕福な人たちといったところだろう。

 だから元町にあるというカフェ<ブラックバード>に集う人たちも、年齢を重ねてそれなりに自分たちの趣味嗜好を深めた大人から老人といった面々。食事は出ないで紅茶とあとはお菓子類だけがメニューにならぶその店には、テディベアを始めとしたさまざまなコレクションを持ち寄って会合をするお客さんたちがいて、夕方5時からのオープンというカフェにしては異例の業態であるにも関わらず、それなりに繁盛している様子。

 そんな店、<ブラックバード>へと立ち寄ったのが、以前は横浜に住んでいて、今は埼玉県の越谷へと移ったものの横浜の大学に通うようになった大崎結人という青年。絵本作家になりたいという夢があって、それが育まれたのが元町にあってキッズスペースに絵本が充実していた<ウォルラス>というレストランだった。

 その<ウォルラス>で幼い頃、結人は店主らしき人から夢はかなうと太鼓判をおされてその気になった。ところが、自分で描いて投稿した絵本のことごとくが一次選考にも通らず落選続き。もう自分には才能がないと思い込み、<ウォルラス>に戻って店主の人からかけられた、絵本作家になれるという魔法を解いてもらいたいと願っていた。

 そして久々に訪れた元町で、それらしき店を見つけて入っのが<ブラックバード>というカフェだった。所在地にも店構えにも見覚えがあって、キッズスペースだった場所にも同じで絵本が並べてあった。けれども店の名前も経営者も代わっていた。

 <ウォルラス>に、そして<ブラックバード>にいったい何があったのか? というのが物語のひとつのポイント。どうやら<ブラックバード>の今の店主、佳野は前の店主を見知っているけれど、そのことを大っぴらには口にしようとしない。そして来店客に持ち上がるトラブルなり迷いごとなりを、佳野という店主は圧巻の観察力とそして知識で解決してみせる。

 そういった部分も頼られての繁盛かもしれないけれど、結人にとっては彼が前の店主とどういう関係なのかが最大の謎だった。普段は若いながらも落ち着いた雰囲気を持って丁寧に来店客に接している佳野だったけれど、飛び込んで来たコーヒーメーカーのセールスマンがしつこい上に凄みをきかせたところ、佳野の表情が一変して口調も変わり、態度も荒々しくなってそれが堂に入っていた。海千山千のセールスマンすら怯えて逃げ出すその迫力に、結人は何かあると察したけれど、だからといって聞く訳にもいかない。

 そんな謎めいた佳野が、コレクターの集まりに老女が持って来た古いテディベアのいわれを解き明かし、出入りしているマリィという名の女装した男性の親族たちが揉めていた形見分けの現場に乗り込んで、形見を遺した老人の狙いや思惑を暴露していったいった先。今度は佳野自身の周辺に残された情報から、結人が前の店主の今を突き止める。

 聡明で、なおかつそれが本当の目的でもあったことだけに、佳野もきっと気づいていただろう。けれども確信できなかったか、確信したくなくてそのままだった過去との決別を結人が促す。その一方で、絵本という表現が持つ可能性を示せたことで、結人自身の過去への屈託も解きほぐされていく。この続きがあるとしたら、共に新しい未来へを歩み始めた2人がペアを組んで持ち込まれる難題を解決していくミステリになるだろう。いったい何が解決されるのか。結人はどんな物語を紡ぐのか。ぜひ読んでみたい。


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