萌える英単語


 敢えて言おう。「萌える英単語 もえたん」(三才ブックス、1143円)は”預言の書”であると。

 英単語集などではない。断じてない。なぜならば、ある人物の1日が、すでにして「もえたん」の中に書き記されていたのだ。それも一挙手一投足が、ほぼ完璧に言い表されていたのだ。

 「もえたん」、恐るべし。

 どう言い表されたのかを見ていこう。その人物は、サッカー関係者が朝までジーコ監督の悪口を言い合う番組をながめていた。移り気で変えたチャンネルに、宇宙を鉄道が行くアニメーションが映し出された。

 それは「もえたん」が、「mechanical=機械的な、機械の」という単語で挙げた例文のように、「機械の体を求めて、アンドロメダ星雲へ旅立つ」少年が主人公だったアニメの世界観を受け継いだ作品だった。

 加えて「もえたん」が「frequent=頻繁な、よく起こる」の例文で指摘したように、「このアニメでは、同じ絵がたびたび使い回されてい」たようだった。列車の中で母親に抱えられて車窓から宇宙を眺める子供の絵が、まったく同じ角度同じ動きで数度出て来るなど、あからさまな絵の使い回しが見受けられた。

 なおかつ「もえたん」が、「smooth=なめらかな、順調な」で挙げた例文のように、「このアニメの絵がなめらかに動いているのは第一話の前半15分だけ」だったようでだった。既に回を重ねていた作品は、冒頭から凄まじいばかりに絵が動かず、窓の外を見る子どもの瞬きが、開き半開き綴じの3枚で表現されていたため、段階を踏んで綴じて開く目が、テレビ画面ではっきりと確認できた。

 ほんの数十分の間ですらこの的中率だが、驚くのはまだ早かった。夜が明けてその人物が向かったのは、「transport=を輸送する、運ぶ」の例文「会場への輸送手段って、モノレールだけなの?」と聞かれる可能性の少なくない場所だった。

 行き馴れていると見えて、「drag=を引きずる」に挙げられた「カートを引きずってい歩いている人々の後ろについていけ。そこがイベント会場だ」というアドバイスにこそ従わなくても、会場に到着出来たその人物が見たものは?

 それはまさしく「religion=宗教、信仰心」の例文「宗教上の理由により8月と12月には3日間の安息日を取らなければなりませんので会社には出られません」と言い訳する人々で、巨大な建物が隅々まで賑わう様だった。

 その人物は取り急ぎ西館4階へと向かった。話題のアニメのプレ映像が入ったDVDが先行販売されていたのだ。「reseve=をとっておく、を予約する」で示された例文「限定版を手に入れたかったら予約しておくべきだ、と先輩から教わった」にも関わらず、予約不能な商品のため売り切れが心配だったが、幸いにして購入に成功した。

 見渡すとあちらのブースでテレホンカードが売られ、こちらのブースで抱き枕が売られて誘いかけていた。その人物が思ったのは「resource=資源、資金」の例文にある「オタクになるにも資金が必要だ」という真理、だった。

 わずかに1カ所に向かい滞在しただけなのに、その行動にあてはまる例文が無数に現れた「もえたん」が、これでも預言の書でないと一体誰が言えるだろう。まだ続く。イベント会場を抜けた足で向かった秋葉原でその人物は、「behave=振る舞う、行動する」の例文「秋葉原を訪れる若者は、みな似たような行動をする」そのままに、アニメショップをのぞき同人誌ショップをのぞいて、両手いっぱいに品物を買い込んだ。

 見渡せば黒系の地味な服装で、両手に紙袋を抱え背中にディパックを背負った、眼鏡をかけて太っているか、やせ細っているかどちらかの若者たちでごったがえす秋葉原。「physical=自然(界)の、身体の」が指し示す「オタクは身体的特徴で見分けることができる」との真理を、その人物は目の当たりにして実感した。

 見るテレビ。訪れた場所。出会った人々。そのすべてがあらかじめ、文章となって綴られていた「もえたん」がどれほど凄いか驚いてもらえただろうか。帰宅してその人物は「もれたん」を開き、的中ぶりに驚きそして、決して主流ではない行動があらかじめ記されていたことに感嘆した。

   驚きを鎮め、疲れを癒してその人物は読書をしようと積んであった文庫本を手に取った。そこでふと思い返して「もえたん」を開いた。驚愕した。「scare=を恐がらせる、をおびえさせる」にこうあった。

 「居候の天使に前触れもなく撲殺されるので、彼は怯えていた」。その人物は「撲殺天使ドクロちゃん」を読もうとしていたのだった。

 「もえたん」、偉大なり。


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