ミミズクと夜の王

 ライトノベルの世界にヒロインの種類の数々あれど、これほどまでに強烈な個性を放つヒロインはいなかった。第13回電撃小説大賞の大賞を受賞した紅玉いづき「ミミズクと夜の王」(メディアワークス、557円)は、額に数字で焼き印を押され、手足を鎖で縛られた奴隷の少女が主人公。聞けば浮かぶそのビジュアル的なインパクトは他に類を見ず、ライトノベルイラストに常道の挿し絵を果たして誰が描くのかという興味が、受賞の時から沸いていた。

 陵辱され拘禁されたスタイルの上に、手足は泥と垢と排泄物で薄汚れていてまとう衣服もボロばかり。いくら可愛らしく描こうとしても無理なヒロインのそんな姿は、ライトノベルを主に活躍するイラストレーターの誰も描くことが適わなかった模様。刊行された本は磯野宏夫という、アマゾンやアフリカといった密林地帯を訪ね歩き、森と動物を描いてきた還暦過ぎの画家が表紙を担当した。

 鬱蒼と茂り魔物たちが暮らして人を寄せ付けない森が舞台の物語。なるほど人跡未踏で魔物も棲むと言われる密林を、その眼で見た来た磯野宏夫ならば描き得る、むしろ彼にしか描き得ない題材だ。絵本のようなトーンも、アクションではなくコメディでもなくミステリーともラブストーリーとも違う、強いて挙げるなら寓話のような物語を飾るに相応しい。見事な人選というより他にない。

 その物語。とある盗賊ばかりが集まり暮らしている村に、奴隷として飼われていたミミズクと呼ばれる少女が、内輪もめの起こった最中に村を出て、魔物の住む森へと入って「自分を食べてほしい」と願い、死を求める。けれども魔物に襲われることなく、森を統べる夜の王にも罰せられることもないまま、妙に親切なクロとミミズクの名付けた魔物の庇護を受けながら、森での日々を送っていた。

 ミミズクにとっては生まれて始めての幸福な日々。そこに事件が起こる。近隣にあるとある王国があって、そこに王様と聖騎士がいた。とくに騒乱も起こらず静かだった王国に、森でミミズクが出会った人間の口を通して、魔王が女の子をさらったという噂がひろまり、聖騎士が救出に赴かざるを得なくなった。正義を御旗に聖騎士は森へと攻め入り魔王の居城を焼き払い、ミミズクを王国へと連れ帰る。捉えた夜の王も城へと連れていって監禁する。

 城でのミミズクは、夜の王に思慕を抱いていた日々の記憶を夜の王によって消され、忘れさせられていてた。心のどこかに虚を感じながらも、無知無学故に湧き出る明るさは失っておらず、城の中で何不自由なく暮らしていた。国王の後継ぎとして生まれながらも、四肢が不自由なため蟄居させられていた王子とも仲良くなった。それでも心の奥底には、楽しかった森での日々やフクロウと名付けた魔王のことが引っかかっていた。

 そして訪れる別離の時。蘇った記憶の中で、ミミズクは城での仮初めの幸せに浸り続けるか、それとも苛烈さを承知で森への帰還を求めるかを選ぶ。それは……。

 シリアスさのうちに少女の不遇を描くファンタジーといった風情ではなく、不遇を理解できない少女を一種の狂言回しに、他人を虐げる人々の醜さやら、国王に忠誠を誓わなくてはならない聖騎士の不自由さ、それでも最後には正しさのために決まりを破る痛快さを描く、寓話といった雰囲気が漂う物語。それは、特定のキャラクターを際だたせ、ビジュアルとともに感情移入を誘う物語の多数を締めるライトノベルにあって、極めて異色な体裁を持っている。

 だからといって読みづらいということもなく、また寓話にありがちな説教臭さもまるでない。イラストでは示されなくても言葉によって描かれた強烈過ぎるミミズクの外見と、そしてどこまでも愚直で前向きなミミズクの内面の描写をたどるうちに、目には森が浮かび恐ろしげであっても優しい魔物たちの姿が浮かんで、心浮き立たせられる。孤高の王と洒脱な騎士と清冽な王子とそして超然とした夜の王によって繰り広げられる物語の中から、相対的でしかない正義の滑稽さを学び、自分を貫き続ける大切さを知り、留まるより足を踏み出す勇気を与えられるのだ。

 かつて50歳代の新人も送り出したことのある電撃小説大賞から、またひとり、異色の新人が現れた。その特質がこの作品のみのことなのか、それとも続く作品にも引き継がれるのかは不明だが、作家のすべてが詰まっているというデビュー作で見せてくれたこの寓話的に世界を語り矛盾を衝く感覚と、そして根底に流れる善意への信頼は、これからも引き継がれてほしいもの。結果生まれる物語たちが、与えてくれる感動に今から期待せずに入られない。


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