垂里冴子のお見合と推理

 新書で800ページとか、上下で1000ページとか、そんな重厚長大なミステリーもいいけれど、1本1本は30ページとか50ページとか短いのに、魅力的なキャラクターが登場して、ピリッとした謎解きを見せてくれる短編集ってのも大好きだ。例えば北村薫さんの「覆面作家」シリーズとか、同じ北村さんの「冬のオペラ」とか。どちらもさくっと読んできりっと身が引き締まり、ほっとしたカタルシスを得ることができる。

 山口雅也さんといえば、1冊も読んだことがない癖に、どちらかといえばポップでアバンギャルドな長編が魅力の作家だろうと思っていた。でも最新刊の「垂里冴子のお見合いと推理」(集英社、1500円)を読んで、思い込みはいけないと思い知らされた。

 主人公の垂里冴子さんは33歳の独身女性。小さいころから文学少女で、出版社勤務をへて今は校正のアルバイトをしながら、本に読みふける毎日を過ごしている。適齢期をややはずした女性には、いやこれは男性にも共通だけど、心配した両親やおせっかいな親戚が、「お見合」の話を持ってくることに決まってる。冴子さんにも元英語教師の叔母さんが、「お見合界の孤高のハンター」の異名を引っ提げ、次から次へとお見合話を持ち込むのだが、他のお見合の大半をまとめてしまう叔母さんの腕をしても、なぜか冴子さんの場合だけがまとまらない。

 それというのも、冴子さんのお見合相手は、1癖2癖あったり、過去や秘密をかかえていたりと、そろいもそろって不思議な人たちばかり。そんなお見合相手たちだから、意図するとせざるとに関わらず、なにがしかの事件を起こしてしまう。

 しかしいくら事件が起ころうとも、頭脳明晰な名探偵の冴子さんは、たちどころに事件を解決してしまう。かくて一件落着、縁談崩壊。次のお見合まで冴子さんは、おっとりゆったり、好きな本を読んで過ごすのであった。

 お見合をきっかけに事件が発生するという、本書の核となる「お約束」を了解し得ないことには、1歩も読み進むことができない。「お見合」の相手が死んだり、「お見合」の相手が不幸な境遇にあったりする話ばかりなのも、真面目な人にはちょっとしんどいかもしれない。けれども、そこさえ納得してしまえば、次のお見合い相手はどんなだろう、どんな事件が起こって、それでもってどんな解決を見せるのだろうと期待しながら、サクサクとページを繰ることができる。

 どんな事件が起ころうとも、表面上は平静を装っている冴子さんの本心やいかに。これはちょっと推し量りがたい。

 ピンクの表紙に描かれた冴子さんは、設定にある33歳に見えないほどに初々しい。宮島康子さんというイラストレーターの描く冴子さんは、決して今風の美人ではないけれど、楚々とした立ち居振る舞い、のんびりとした性格、そして秘められた鋭い知性を、きっちり抑えているような気がして来た。

 お姉さんの内からにじみでる個性に比べて、美人で派手で活動的な妹の空美も、高校生で長女に似て本好きな長男の京一も、目立っているようでいて結局狂言回しの役しか割り当てられていない。探偵が活躍してこそのミステリーという考えも解るけど、せっかくの個性的なキャラクターたちだから、もし次のストーリーが書かれる(すでに書かれているのかも)ことがあるのだったら、そうだね、空美ちゃんにはもっともっと活躍して欲しい。

 この本は「春の章 十三回目の不吉なお見合」に始まって、「冬の章 冴子の運命」の4話で終わり。1回だけ妹の空美のお見合に立ち会った話になっているから、「冬の章」のお見合が何回目のお見合になるのかちょっと数えにくい。15回目? それとも16回目?


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