メイプル戦記

 大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併に端を発した2004年のプロ野球再編問題について考える時、最も適切と思われる書物がある。川原泉の傑作漫画「メイプル戦記」(白泉社文庫、上下各570円)だ。

 1991年に野球協約の改訂があって、女性でも男性でも問わずプロ野球の選手になれるということになり、北海道に本拠を置くスイート製菓という会社が、だったら女性だけの球団を作ってしまおうと考え、本拠地となる「札幌ドーム」ごと本当に作ってしまった。

 球団名は「スイート・メプルス」で、監督には「甲子園の空に笑え」で豆の木高校を率いて甲子園に出場した広岡真理子監督を招聘。選手も全国でテストを行い独自に集め、セントラル・リーグに加盟して1年間の戦いへと打って出る。

 メイプルスが加盟したことでセ・リーグが7球団と奇数になったけれど、バファローズとブルウェーブが合併してパ・リーグが5球団と奇数になって、試合を組むと1つ余る球団が出ると大騒ぎしたような事態は、漫画ではまるで起こらない。

 増えると減るとの違いはあっても、1つ余ることは5でも7でも同様。なのに目出度い開幕戦で新参者のメイプルスがあぶれる描写はあっても、あぶれててしまう悲壮感はそこにはない。偶数が奇数であっても、チームにとっては別にたいしたことではないのかもしれない。

 むしろ途中に合間を挟んで戦えるから、戦力の劣ったチームでもやりくりがしやすくなるのかもしれない。何しろメイプルズは選手層が薄い。ピッチャーは、かつて豆の木高校とも戦った北斗高校の投手で、甲子園で優勝経験もありながら、キャッチャーに恋心を覚えて果たせず、野球から実をひきオカマの道を歩んだ人間がまず1人。

 そして「笑うミカエル」の舞台になった聖ミカエル学園で、捕手としてメイプルスに入団した若生薫子を相手に、ひたすら変化球の腕を磨き続けた芹沢桜子、さらに外国から招いたノエル・スコットの3人しか、主戦級のピッチャーがいない。内野は豆の木高校で活躍した4つ子の相本兄弟の妹で、やはり四4つ子の相本姉妹だけだ。

 外野もディスコクイーンで足速く肩強い里見笑子に、セ・リーグのタイタンズのエースピッチャー、仁科の妻ながら夫の浮気に愛想を尽かして家を出た強打者の仁科紘子、ノエルと同様に外国から呼んだ大砲パトリシア・エドワーズのレギュラー3人だけ。補欠選手もいるにはいるが、レギュラーの穴を埋めるほどの力はない。

 そんな逼迫したチーム事情で1年間を戦ってしまえたのは、途中に休みがあったからと考えて考えられなくもない。漫画だから? それもある。あるけれどもここは奇数はよくないと、2リーグ制を無理矢理1リーグ制に移行させようとする企みに切り返す材料として捉える方が有意義だ。

 また、異端児の参入を忌避する既存の勢力に対する強烈な反論となりそう。例えば一風変わった球団が出来ることによって得られる球界活性効果。女性ばかりの球団が1つあれば、半ばルーティンと化しているプロ野球のカードに大きな山場が出来る。

 そこに漫画に出てくる夫婦の対決や、球界きってのスターとオカマに別れてしまった元高校野球のバッテリーの再会といったドラマが乗れば、なおのこと楽しいシーズンを送ることができる。もちろんメイプルズが他の男性チームに匹敵するだけの強さを持っているってことが前提で、それがないと単なる色物球団による虐殺ショーになってしまうから用心が必要だが。

 現実を考えると、女性ばかりの球団の登場は実力面で不可能に近いと思われるけれど、アイラ・ボーダー選手のように、それなりな実力を持ったピッチャーもいない訳でない。広い世界をあたれば、男子選手に匹敵する実力を持った選手もいるだろう。そんな選手を発掘して来て、「野球狂の詩」の水原勇気のように男子のチームに混ぜるだけでも、球界の活性化は結構図れる。

 女子が無理なら例えば選手をアジア各国から持ってきて、ついでに欧州のサッカーじゃないけれどアジア諸国出身は外国人枠とは考えない仕組みでも作って、アジア出身者オンリーの球団を作って沖縄を本拠にプロ野球に参入すれば、アジアからの観光客が試合を見て帰るツアーに組み込める。観客動員もクリアできる。

 外国人選手が無理なら、それこそ「モルツ球団」か「マスターリーグ」の球団のような、かつての一線級に再登板願うという手だてもある。球界が全体に盛り上がりたいという意欲があるなら、どんなことだって実現可能。けれどもそうはならないのは、球界ではなく球団が盛り上がって宣伝につながれば良いという、既存のオーナーなり経営者の考え方が今なお残り、なおかつ未来永劫存続しているからなのだろう。

 「メイプル戦記」に出てくる西部リンクスの鼓という名のオーナーは、最初は神尾瑠璃子を排除しようとする嫌な奴として描かれていたけれど、最後はオカマでも実力があれば構わないと神尾投手を認め、花束を贈ってしゅくふくする。現実のオーナーがこんな粋な人ばかりだったら、球界ももっと楽しくなるのだろう。それより以前にこれほどの惨状を招くこともなかったが。

 もっとも、漫画の中以外には、1991年時点で形もなかった「札幌ドーム」が現実に出来ていたりする訳で、その先見性に頼れば、女性ばかりのプロ野球チームだって、決して出て来ないないとは限らない。プロ野球の球団を持つことを商売ではなく誇りを思えるオーナーの出現だって期待できる。願おうスイート製菓の出現を。スイート・メイプルスの誕生を。


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