迷宮の王1 ミノタウロスの咆吼

 当たり前をズラす。それによって生まれる意外性がもたらす驚きは、楽しみとなって受け取る者を喜ばせる。

 取るに足らないモンスターだと思われがちなゴブリンを、狡猾で数が揃ってリーダーに率いられれば、強靭な騎士でも魔法使いでも屠る厄介な存在になると設定し、そんなゴブリンを専門に駆る冒険者を主人公にした蝸牛くもの「ゴブリンスレイヤー」が人気なのも、世界の命運をかけた勇者たちの戦いとは違った展開に、意外性を感じるからだろう。

 ダンジョンに現れては、レベル上げをしていく冒険者たちの通過点として、たいていは倒されてまた復活し、倒されるという生涯をひたすら繰り返すモンスターのミノタウロス。それが当たり前だったはずなのに、どこかでズレが起こって世界が大変なことになる。支援BISによる「迷宮の王 1 ミノタウロスの咆吼」(講談社、1200円)を読めば、そんな意外性に溢れた展開に驚ける。そして楽しめる。

 迷宮の第10階層に生まれるボスのミノタウロスは、Eクラスの冒険者がソロで倒すことでCクラスに上がるための、ある種の試験官というか門番のような存在になっている。冒険者は誰もがそのことを当たり前だと認識している。ミノタウロスですら倒されて冒険者をCクラスに上げるのが、当然だと感じていたかもしれない。

 その日も、Eクラスの女冒険者が10階層にやって来て、ボス部屋に入ってミノタウロスを倒そうとした。もちろん、Eクラスの冒険者の誰もが倒せるとは限らない。負けることもあるからこその昇格のための門番になり得る。女冒険者は苦戦してちょっとした隙に反撃され、体を傷つけられてしまう。

 普通はそこで部屋の外に出れば、ボスは追ってこないものだった。女騎士はミノタウロスの追撃を凌いで部屋の外に転がり出て、回復薬を持った誰かが通りがかるのを待とうとした。ところが、ボス部屋の外には絶対に出ないはずだったミノタウロスに異変が起こった。

 出ないことが当たり前だとは考えなかったのだろうか。ミノタウロスが本能めいたものを超えて何か自意識めいたものを持ったのだろうか。自分を襲った冒険者が憎いという意識、だから殺してやりたいという思いが結界を踏み越えさせ、肉体の損傷も厭わずボス部屋の外へとミノタウロスを誘った。

 そして、世界が当たり前からズレていく。ミノタウロスがボス部屋を出て回想を徘徊するようになった。3人組の冒険者による攻撃を、普通だったらあり得なかった2度のハウリングによる反撃ですくませ打ち倒した。道具を使い、フェイントを使い、回復薬も使って戦い、身を守ってレベルアップしていったミノタウロスは、天剣と讃えられる剣士も大魔法使いも退け、果てしなく強くなっていく。

 最初は油断もあった。けれども、当たり前ではないミノタウロスの存在が喧伝されるようになってからは、注意をして準備も怠らず慎重に挑むようになっていった。それでもミノタウロスは勝ち残っていく。迷宮の秩序は崩れ、冒険者たちとモンスターとの関係も壊れてしまった中でただ、ひたすらの強さを目指し、戦うことにのみ貪欲なミノタウロスと、そうなってしまったミノタウロスを倒そうと研鑽する冒険者たちとの対峙が始まる。

 英雄の輪に入れない弱者が、秘められていた意外な才能を活かし、運も味方につけて勝利を重ねてのし上がっていく逆転のドラマは楽しい。どういった段取りを使うのか。どういった展開が描かれるのか。丁々発止のやりとりと、パズルにも似た材料の組み合わせによって逆転が生まれプロセスを、誰もが喜んで受け入れる。それが、ファンタジーではたいていは敵役として設定されているミノタウロスというモンスターによって成し遂げられる。面白さは倍だ。

 本能で食いたい、生きのびたいと思い行動していただけのようだったミノタウロスが、どこか求道者然としていくところに、ひとつの物事をひたすらに探求しようとする高潔さを感じてしまう。一方で、そんなミノタウロスを倒そうとしつつも政争に明け暮れる人間の疚しさが、かえって浮かび上がってくる。どちらが叡智の持ち主なのか。そんな問いを浮かべてしまう。

 大森藤ノの人気シリーズ「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか」に登場するミノタウロスも、モンスターでありながら強い意思めいたものを持って、主人公のベル・クラネルと戦うようになっていった。モンスターの中に知性を持った者たちも現れ始め、冒険者たちに狩られるだけの存在であり、冒険者たちのレベルを上げるだけのシステムといったモンスターや迷宮への当たり前の感覚を打ち壊した。そこが面白さを生んだ。

 「迷宮の王1 ミノタウロスの咆吼」も同様に、既成概念をひっくり返して現れる意外な展開への驚きを、どこまでもひたすら味わえる。いったいどこまで強くなってしまうのか。それこそ神にまでなってしまうのではないか。クライマックスでとある再会があり、緊迫した展開があって後、時計が大きく進んでミノタウロスの存在は神話の領域に入っていく。それでも終わりといった雰囲気はない。ならば迷宮の王としてその場に君臨し続ける道が描かれるのか。より大きな場へと広がっていくのか。そこが気になる。続きを待ちたい。


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