まろうどエマノン

 おおっ、カジシン梶尾真治さんの「エマノン」シリーズの新作が出ているよ。タイトルはえっとなになに「ろなうどエマノン」、ふうんカジシンもやっぱりビジネスマン、流行には目ざといなあ、サッカーW杯でブラジル代表のフォワードとして大活躍して、今はスペインリーグのレアル・マドリッドでトップを張ってるロナウドをフィーチャーして、ベストセラーの仲間入りを目指したって訳ですか。これまでの「おもいで」「さすらい」「かりそめ」ってタイトルも悪くはなかったけど、耳に心地は良くってもインパクトにはちょっと足りなかったからね。「ろなうど」ならもうインパクト大、W杯でロナウド本人がやって大受けした大五郎カットよりも目立ってるね

 さてさてお話はっと、ふーん、アポロ11号の月着陸ねえ、覚えてないなあ、って1969年7月20日じゃあ40歳以上の人じゃないと覚えているはずもないけれど。主人公は……この直樹って奴でいいのかな、小学校の4年生で歳は10歳、10歳ならアポロを覚えてて全然不思議じゃないか、今10歳くらいの子供だってきっと30年後になってもロナウドの大五郎カットは覚えているだろうから、そうだ「ろなうど」はどこに行ったんだろう、10歳の直樹がロナウドに会いに行く話なのかな、ふんふんふんふん、デザイナーの父親が仕事でオーストラリアに行くんでその間だけ田舎の曾祖母の所に預けられたのか、都会もんが田舎に行って虐められた直樹を流しのサッカー家(格闘家みたいなもの?)に授けられた技で大活躍するって話なのかな。

 おっと早速出会いだ、でもロナウドじゃなくって美少女、背がとっても高く、手足の長い若い女の人、髪が長くってさらさらとして潮風に揺れていた、だって。ふうん見てみたい、横顔だけでも途方もない美人だって分かるくらいの女性だそうだし。手にはぱんぱんに膨らんだナップザック。はいているのはジーンズ。唇にはくわえタバコ。さらさらロングヘアーの美人がジーンズはいて加えタバコで歩いてるってシーン、想像するだけでわくわくしてこない? こないかなあ、女性の趣味ちょっと偏り過ぎなのかなあ、そんな女性に呼ばれてみたいじゃない、もちろん「君」づけで、髪をなびかせ真正面からキッと見据える澄んだ瞳、開いた唇から飛び出すセリフ、「○○くん、それはちょっと違うと思うな」、指のタバコをくわえてプカーッ、最高。

 直樹もそんなこと思ったのかな、見とれちゃって、お・ま・せ。けどとりあえずはそこは恋とか花咲かせないまますれ違って曾祖母の家にやって来た直樹君、家の近所のほこらに行ってお供えの団子が消えているのを曾祖母が見つけて”ましら”が来たのか、って聴かされて俄然興味をかきたてられる。で聞く。「ましらって誰なの?」「ましらはましらだ」。答えになってない。でも安心、直樹はまもなくましらと出会う、それも御所船に来た時に出会ったロングヘアーでジーンズでくわえタバコの美女といっしょに、ああうらやましい。

 聞くとその女の人はエマノンって名前で、御所船に来たのは”ましら”が呼んだからだとか、ってことはこのお姉さんって”ましら”の彼女なの、いえいえそれは違うみたい、だって”ましら”はちょっと人間とは違った存在みたいだったから、でもってエマノンはその”ましら”にとってもとっても昔に恩があってその恩返しの意味も込めて、ときどき御所船に来て”ましら”を助けていただけだから。ということはエマノンは何歳なの? もしかして吸血鬼とか八百比丘尼とかいった妖怪変化の類なの?

 それは半分間違いで半分正解。原始の海に生を受けた時からの記憶をずーっと受け継ぎそれに自分の記憶を乗せて子供に受け継がせるせて来たのが「エマノン」って存在。御所船にもそれこそ”ましら”が現れた頃からずーっと姿を現していて、そんな姿を何年おきとか何十年おきとかに見た村の人が、またおんなじ人さ来ただ、んでも歳さとってねえだ、人魚の肉さ喰った比丘尼さまだ、なんて勘違いしてお祀りするようになって、観音様とか作ってしまったのが今も村に残っている「白比丘尼」様なんだそうな。そんな昔のエマノンっって、ところでどんな格好をしてたんだろう、ジーンズでくわえタバコじゃないエマノンなんてとっと想像つかないよ、尼だけに頭もツルツル、だったのかな、けどそれはそれで。

 閑話休題。エマノンといっしょに”ましら”に会った直樹が聞いた話がこれまた荒唐無稽。時空をつなぐ輪ができては誰かを運んで来るものだから、それを帰さなくっちゃいけないのが”ましら”の仕事。おまけに直樹にとってとんでもない、かけがえのない存在がやって来てしまうものだから、直樹はひと夏を一所懸命になってエマノンと”ましら”を助けて大冒険を繰り広げることになる。と、いった感じで進む「エマノン」シリーズ最新作のストーリー。ワシワシとセミとかが鳴く山野を田舎で知り合った少年たちとかけまわって、何かのために頑張る物語っていうのはやっぱりいいものだなあ。誰にだってある夏休みの記憶を刺激されるから、なんだろうなあ。

 それとこの「エマノン」シリーズの場合は、記憶だけとはいっても永劫に存在し続けるエマノンがいることがとっても大きな意味を持っている感じ。ずっと見続けてくれている存在がいるんだ、ってことに気持ちを支えられることがひとつと、いつか必ず死んでしまうし記憶もそこで途絶えてしまうんだけど、だからこそ一瞬一瞬が重くて強くて激しいんだっていう、普通の人間たちの生き方への熱烈なメッセージみたいなものがあって、そうなんだなあ、だらけていられないなあ、頑張らなくっちゃなあ、なんて思わされる。ラストに出てくる手紙なんて、人間が永遠に生き続けられないからこその想いの強さがこもっているもんなあ。泣けるなあ。

 それにしても分からないのが「ろなうどエマノン」ってタイトル、だってロナウドでてないよ、サッカー家として出てくる訳でもなければアポロよろしくテレビに映って少年に強いメッセージを送る訳でもない。でもタイトルに使うくらいだからどっかに出ていたりしたのかなあ、もしかすると”ましら”がロナウドだったのかなあ、「人とも猿ともつかない男」らしい、”ましら”がロナウドって。だったらちゃんとそう書けばいいのに書いてないってことは違うのかなあ、何でこんなタイトルにしたんだろう、ふんふんふんふん、えっ、「まろうどエマノン」(徳間デュアル文庫、533円)? マロウドってどこの選手だろ?


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