MANGA FEVER
アディダス マンガ フィーバー[error]special edition

 2002年5月31日に幕を開ける「ワールドカップ」の日取りが刻一刻と近づいていたりする中で、巷には関連商品がワンサを溢れかえっていて、身近なところではコンビニエンスストアの「ファミリーマート」にまで関連グッズが置かれるようになっていて、フラリ立ち寄ったついでに時代の空気に気分を煽られ、レプリカジャージを買ってしまう人も結構いそうな気がする。

 本の方でもスポーツ関連誌なんかが創刊されたり増刊されたりして大賑わいだけど、それとは別に漫画の方でも「世界まるごとサッカー」といった感じの本が出ていて、商売の種というものは色々な所に転がっているんだなあ、などと呆れつつも感心する。

 その本「アディダスマンガフィーバー」(飛鳥新社、880円)は、名前が表すとおりに三本線が目印の世界に冠たるスポーツブランド「アディダス」が、公式スポンサーとしての立場も活かしつつ「ワールドカップ」に絡めて自社をピーアールする意図も込めて作ったものだと推察されるし実際、掲載されている漫画のほとんどすべてに目印の三本線なり、「ワールドカップ」で使われる変わったデザインのボールなり、そのものずばりのサッカー競技が描かれていていて「アディダス」ファンで漫画のファンにはたまらない1冊になっている。

 もっとも、あからさまにブランドを称揚するような漫画を掲載するとかえって奥ゆかしい日本人の反発を喰らうのが世の常。そこはさすがに世界を牛耳るマーケティング力を持つ会社だけあって、掲載されている漫画への”三本戦”登場の仕方もシンプルなものはシンプルだし、ストーリーの中に入っているものは実に自然になっている。

 くどいのものも中に幾つかあるけれど、それはそれで逆にくどさをオシャレさに転化させるだけのパワーと内容を持っていて、読むほどに冗談抜きにそこはかとなく「アディダス」というブランドを好きになる、人もいるかもしれない。日本の企業がこれをやって果たしてここまで、上手く巧みに出来るかと考えるとやはり難しかっただろう。

 肝心の漫画の方はとにかく豪華なメンバーで、「スラムダンク」を始めバスケットだったらお手の物の井上雄彦が、そのバスケットをひねって「ワールドカップ」の裏番組的に開催されているだろうNBAのプレーオフにも敬意を捧げるような漫画を描けば、「TO−Y」の上條淳士は割にストレートなサッカー漫画(もちろんファンタジックなひねりはあるけど)を寄せていたりと、それぞれの特徴が出たり冒険してたりする作品を楽しめる。

 吉野朔実はサッカーを知らない人なら誰だって考える、フィールドにいる10人のうちの1人がボールを蹴って回りを9人で囲んで攻めれば絶対にボールを取られないのでは、という笑い話を糸口にふくらむ妄想を描いた漫画を寄せていて、ニヤニヤとした笑みとともに読める。イラストで参加の荒木飛呂彦は「ジョジョの奇妙な冒険」でお馴染みの、見るほどに「ゴゴゴゴゴゴゴッ」という擬音が聞こえて来そうな作品を寄せている。

 異色なのは安彦良和と横山宏と谷口ジョロー。というのもベテランのこの3人の作品には、サッカーも出ていなければ三本線もまるで出て来ない。とりわけ安彦の場合、「島原の乱」を起こして破れた天草四郎がローマに渡って冒険を繰り広げる話でおまけに「序章」と銘打ってあって、あるいは「ジャンヌ」にも匹敵する時代漫画へと発展していく、その先触れなのかもしれないけれど、いずれにしても「ワールドカップ」からはほど遠い。

 海外組では「東京は僕の庭」で知られる日本通のフレデリック・ボワレが描くジャポニスムを揶揄したような作品がやはり面白い。おそらくは試合のセレモニーで国家の君が代を斉唱するメンバーの、手にはセンスを持ち身は紋付き(しかも「アディダス」のマーク入り)で包んだ人々の実におかしく、けれどもありそうなことか。方やブルー、こなたカナリアン・カラーのキモノを身にまとい、体をぶつけあって茶の湯の道具を取り合う「日本VSブラジル」も同様に吹き出せる。日本はこうじゃないと知っていて、それでもガイジンがこうかもしれないと思う場面を描くひねくれ方が面白い。

 ベルギーのエピール・プラヴォが描く「審判は12人目の選手!」も笑える1本。「タンタン」のようにほのぼのとした描線はどことなく吉野朔実の収録作品と通じるところもあるけれど、吉野がサッカーを知らない人の妄想として話がつむがれていいるのに対して、プラヴォの作品はサッカーを知っている人ならでの空想が炸裂した1本と言えそう。ボールが当たっても石コロと見なされる審判にボールが当たってゴールが生まれるシーンが連続してしまった時、それでも審判は平穏無事でいられるのか、といった命題にひとつの解答が生まれている。

 参加メンバーだけなら他にも大友克洋、岡野玲子、西村しのぶに田島昭宇×浅田弘幸×小畑健、松本大洋、楠本まきそして「ファンタスティック・サイレント」のD(ディー)といった具合に世界の重鎮、時代の最先端が揃って、それぞれがそれなりにサッカーあるいは三本戦に挑んでいる(除く一部)。その成果はある意味漫画の最先端でもあり「サッカー」という競技が持つイメージの多面性、「アディダス」というスポーツ会社が持つスタイリッシュさを表したもの言えそうで、1冊読み込むことでいろいろなものが見えて来る、ような気になれるがそこはそれ、世界の才能の一端に触れられるというだけでも、十分に価値のある1冊と言えそうだ。


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