富士学校まめたん研究分室

 30女だから面倒くさいのか、天才工学系女子だから面倒くさいのか、その両方だから面倒くさいのか、本質的に生来的に面倒くさい人間なのか。それは何とも言えないけれど、芝村裕吏の「富士学校まめたん研究分室」(ハヤカワ文庫JA)に登場する藤崎綾乃は、とことん面倒くさい性格の持ち主だ。

 早稲田を出て東大の院を出た才女だけれど、人とのコミュニケーションがとことん苦手で、面接のような場に立つと何も言えなくなるらしく、それが理由で就職はできず、博士号を目指して大学院に残ることも難しかった。

 そこで選んだのが、OBに誘われた防衛省の技術研究本部。もっとも、そこに入ろうとした途端に再編があって部署がなくなりかけ、管轄が変わって陸上自衛隊の富士学校にある研究分室となった組織に入ることに。そこでアメリカ留学まで果たしたものの、帰国してから同僚の男性による執着と、それが過ぎてのハラスメントに直面し、喧嘩両成敗という形で閑職へと追いやられてしまう。

 仕事はほとんどなく、日々に資料整理をしたり頼まれた書類を作ったり。折角の才能が勿体ないとは思われながらも、世話を焼こうとすれば理路整然過ぎて嫌味に聞こえる言葉が返ってくる態度に、誰もが面倒くささを感じたのか、一向に復帰の道が立たないまま時間だけが過ぎていった。

 そんな藤崎綾乃にほとんど唯一、関心を向けているのが伊藤信士という名の陸自エリートの二尉。アメリカ留学の時にもいたため面識があった彼は、藤崎綾乃がひとり隔離されているような部屋へとやって来ては、鬱々とした日々を送る彼女を誘い挑発するようにして焚きつける。面倒くさい上に負けず嫌いな性格でもあったからか、それならと藤崎綾乃は自分に出来ることをやろうとひとり、ノートにメモを書いて研究を始める。

 それが「まめたん」。一種のロボット兵器で、1メートル四方とかそのくらいのサイズながらも、自在に荒野山林を動き回っては敵に銃撃を加えたり、紛争がないかを監視をしたりする、歩兵と戦車の間のような仕事をこなせるようになっていた。藤崎綾乃はその兵器をどう作れば安く作れて、それでいて性能も満足に足るものになるのかを考え出した。

 さすがは天才工学系女子。それを引っさげエリート二尉がプレゼンして回ったところ、上司にも入れられ、やがて陸上自衛隊の装備として検討されることになる。そこに勃発したのが、朝鮮半島から東アジアにかけて起こった軍事的緊張。同じ芝村裕吏の「マージナル・オペレーション」シリーズと重なり、いずれ「この空のまもり」へと繋がる東アジアの軍事的政治的な変化が、藤崎綾乃の構想を本格的に実現へと運んでいき、彼女を一躍時の人としていく。

 一種の開発物であり、世間に何が求められていて、そこに対応するにはどうすればいいのかを考え出し、一方で政治や外交といった要件も勘案しながら、ひとつの品が作られていくプロセスを楽しめるストーリー。とはいえ兵器である「まめたん」は、敵と認識すればためらいなく発砲して射殺する。原爆を開発したオッペンハイマーの逡巡と同様に、開発者の藤崎綾乃の懊悩や葛藤といったドラマが挟まってくるのか、といった想像も浮かぶ。

 ところが、樹上にいて偵察しているだけの相手でも、敵と見なせば銃撃して射殺する無情の兵器であるにも関わらず、自分が構想したとおりの仕事を淡々と、着実にこなす存在だといった感じに、とある危機を受けて起動した「まめたん」を連れ歩く藤崎綾乃のパーソナリティが、読む人に少しばかりの戦慄を覚えさせる。面倒くさい30女だからなのか、天才工学系女子だからなのか、陸上自衛隊の仕事に携わるものだからなのか。クールを越えた冷徹さが備わっている人がいて、それが大いに能力を発揮できる分野がある。そう思わせる。

 バックグラウンドについては、南北朝鮮の間に起こる紛争と、それを経た上で日本と米国と朝鮮半島と中国の関係や変化についての言及があって、これからあるいは起こり得る情勢というものを想像させる。本当にあり得るか。あり得た場合に日本はどういう行動をとることになるのか。可能性をシミュレーションしてみるのも面白い。

 そこに「まめたんの」ような装備が作られ、投入されるのかという点も。千葉工業大学で作られている、車輪で転がり脚で歩くロボットなどを見るにつけ、技術的にも相当に実現可能なところまで近づいているようだけれど、量産となると話は別だし、銃器を装備し他人を殺傷する機能を持たせられるかという部分でも、工学的なり法的な議論が必要となってくる。

 そうした議論の行く先も含めて、遠からず訪れる将来に備えてのシミュレーションとしても読める「富士学校まめたん研究分室」。この小説が呼び水となって、「まめたん」のような兵器が検討され、そこから日本の防衛が変わって行ったらそれはそれで面白いのだけれど。

 そしてもうひとつ、見事に仕事を成し遂げて自衛隊エリートを射止めた藤崎綾乃の姿に、世の30歳処女の天才工学系女子が世を拗ねず、仕事に前向きとなって画期的な発明を次々をするようになったら、世界はいっそう面白くなるのだけれど。おそらくは面倒くさい性格を乗り越えて、その才能を引っ張り出せる世よ来たれ。


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