MAMA

 待ち望んでいた甲斐があった。

 表紙は美術作品で、本文中にはイラストがなく物語自体も寓意にあふれていた異色作「ミミズクと夜の王」(メディアワークス、557円)で、ライトノベルというカテゴリーの読者を驚かせた紅玉いづきの第2作「MAMA」(メディアワークス、550円)。前作よりもエンターテインメントの度合いを高めていながら、前作にも増して真摯に生きる難しさと大切さを考えさせられる。

 魔術師が政治の中枢を束ねる王国ガーダルシアで、豊かな魔術師の血筋を持つサルバドールの家系に生まれながら、魔術の力をほとんど持たずに生まれてきたトトという少女が主人公。学校では能なしと邪険にされ、家でも居場所を失いかけていた彼女は、家名を守るには無能はいらないと養子に出されそうになったのを嫌がり、書庫の奥へと逃げ込む。

 そこには禁断の棚があり、さらに奥には鎖で閉ざされた禁断の間があって、伝説の<人喰いの魔物>が眠っていた。大昔に人を食べて人の姿になったものの、魔よけの飾りがついていた耳だけは食べられず残してしまい、挙げ句に人間につかまり閉じこめられたという伝説。以来、魔物は近寄る人間から耳を奪おうと画策していて、そこにトトが迷い込んでしまった。

 声を出さなければ魔物には聞こえないところを、トトは魔物の心細そうな母親を探す声に心を惹かれて返事をしてしまい、魔物に耳を奪われてしまう。もっとも、魔物が宮殿を飛び出し暴れ出すことはなく、逆に耳を失ったトトは、代わりに魔物の魔力を得てどんな国の言葉でも理解できるようになり、サルバドールの高位の魔術師たちですら恐れる強大な魔物も従えることになった。

 一転するトトへの評判。長じて妙齢の女性になったトトは、「天国の耳」と呼ばれるようになった語学の力を外交に役立てて欲しいと、魔術が本務のサルバドールの家系に連なりながら外交官に抜擢される。遠い国にあった耳を魔物に奪われた男の伝説から、トトによってホーイチと名付けられた魔物もトトに付き従う。ところが、魔物の強大な力を我がものにしたいと宮殿の魔術師たちがトトを狙い、魔物を狙う。起こる悲劇。ホーイチの運命が大きく変転する中で、魔物と人間との間に通う信頼の尊さが浮かび上がって心を打つ。

 同時収録の「AND」は、ホーイチの死と再生からさらに時が経ってからの物語。ホーイチが食べ残した耳についていた魔よけの飾りを宮殿から盗んだ青年が、異国より売られ流れ着いて魔物に喰われた少年の遺志に動かされて、とある場所を目指す。離ればなれになっても通う母親の子への思いと子の母親への思いの強さと、血はつながっていなくても信頼の通う間柄に生まれるつながりの強さが輝く。

 幼いころは怯えながら生きていたトトが、力を得て居場所を得てから明るく前向きに生きようとする姿に、人間にとって自信がどれだけ大切なのかを教えられる。そんなトト以上に、「MAMA」と「AND」の両方の話で、王の娘という立場から逃れられず、引きずりながらも己が信念を曲げずに生涯を進む王女ティーランの強烈な生き様に、揺るぎない自分を持つことの大切さを痛感させられる。

 アート作品を表紙に使った「ミミズクと夜の王」とは違い、この作品では表紙もあって口絵も挟み込まれ、挿し絵ではないものの短編の扉絵はあってフォーマットとしてはライトノベル的。ただし、細い体躯のキャラクターを得意とするokamaを思い起こさせ、流れるようなタッチは天野喜孝も感じさせるカラスのイラストは先鋭的で、アイドル的な憧れを感じさせ感情を引っ張り込みつつ、ストーリーを追わせることを拒絶する。

 むしろイラストから漂うシャープさが、寓話的な部分の残るストーリーから漂う生きることの難しさ、自分を犠牲にすることの恐ろしさといったシリアスな要素を補完していて、眺め読んでいくうちに気持ちを引き立たせて苛烈な異世界への想いをかきたてる。紡ぐ物語に相応しいイラストレーターを得て、紅玉いづきの世界がビジュアル的な広がりを持った。それ故に次の物語でも、このペアによって言葉とイラストで示される寓意とメッセージをはらんだビジョンを是非に見たい。


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