マキゾエホリック Case1:転校生という名の記号

 妖怪。魔法使い。宇宙人。陰陽師。改造人間。現実には滅多にお目にかかれないこれらの存在が、あっけらかんと登場しては主人公として活躍したり、主人公を相手に絡んでみせる物語がある。生徒会長。風紀委員。新聞部員。転校生。現実には存在しまくっていてことさらに取り上げる必要のない存在が、大きくクローズアップされる物語がある。

 けれども読者はそれを不思議とは思わない。妖怪が現れてても、転校生が廊下でぶつかってもそれをおかしいとは思わない。なぜならそういうものだから。もはやそれらは一種の記号として存在し、物を語る上での土台となっている。そして読者は記号どうしの関わりであったり、オーバーに表現された記号であったり、当たり前から逸脱した記号から醸し出される驚きを楽しみながらストーリーを追う。

 ”お約束”と言い換えても良いこうした記号を中心に繰り広げられる物語は、決して悪いものではない。安心しつつ驚きを味わいつつそれなりの至福を与えてくれるからだ。けれども後から後から紡ぎ出される物語は、無数にあっても無限ではない記号をいつか食べ尽くす。そうなった時に果たして次なる記号を生み出すことができるのか。それとも記号を記号として味わう古典芸能のような境地に身を置くべきなのか。

 そんな懸念に答えをくれる作品が現れた。記号的なら記号的で構わない。その記号性を逆手に取って、記号だからこそそう見なされ、故に見落とされる陥穽を衝き、多層的で奥深いエンターテインメントを作り上げるという挙に出たのが、東亮太の「マキゾエホリック Case1:転校生という名の記号」(角川スニーカー文庫、533円)だ。

 行く先々で事件に巻き込まれ、自ら問題も起こしてしまい、転校を余儀なくされる学生生活を続けてきた高浪藍子が、ようやく入学を果たしたのは進学校として知られる私立御伽学園。その初登校の日、遅刻しそうになって走っていた彼女は、男子学生とぶつかってくわえていたパンを彼の顔へと押しつける。

 お約束的ラブコメディ。そのあからさまな導入部から、いかにもな記号的設定を揶揄し捻って苦笑させる類の物語かと思って投げ出しては損を見る。藍子にパンを押しつけられた少年は少年で”女難”という記号を背負った学生で、彼のそばにいた”幼なじみ”の記号を背負って濫子とも、クラスのどの生徒とも昔から知人だという雛世といっしょに登校途中だった彼らは、学園の近道になっている公園の前で戸惑っていただけだった。

 公園をすっぽりと包んでいたのは深くて濃い霧。入るとそこには”怪人”がいて”正義の見方”がいて”勇者”がいては、よく分からないなりにバトルを繰り広げていた。藍子は持ち前の巻き込まれ癖を発揮し、やっぱりピンチに巻き込まれてしまったが、そこに現れたのが生徒監視員の灘英斗。クラスメートの異能者たちを動かしその場を治め、濫子を学園へと連れて行く。

 これまた新たな出会いの予感? かと思ったらそうではなく、晴れて入学となったかに思われた藍子の入学データがすべて抹消されていて、彼女が正規な転校生かが分からないという事態が巻き起こる。おまけに藍子が学園に到着した時に暴れていて、”魔法少女”に退治されていた巨大ナマズにショックを受けて、記憶を失っていた少女が自分も転校生だと言いだし、なおかつ彼女は誰かを殺しに学園に転入して来たのだと言い始めた。

 とりあえず2人とも入学をさせて様子を見ることに決まり、そして始まった藍子の学園生活は、世界的な”超能力者”の少女と密室に閉じこめられた”女難”の少年を、”巫”女が鬼を使役し救い出す場面に行き会わせたりととにかく受難続き。そんな事件のすべてに絡んで蠢く”黒幕”の陰謀を、追いつめ解き明かそうと学園を走り回る灘の推理と、巻き込まれかき乱しながらも事件を集結へと導いていく藍子の活躍が、メインとなってストーリーは進んでいく。

 なるほど登場するのは記号を背負ったキャラクターたち。正義の味方に巫女にマッドサイエンティストにお嬢様に妖怪に座敷わらしに吸血少女に殺し屋少女。いかにもなキャラクターたちがいかにもな役回りで現れては、いかにもな行動を見せてくれる。そうあって欲しいと思う気持ちをくすぐってくれる展開はそれで実に楽しい。

 けれどもそんなお約束的な楽しみ方は「マキゾエホリック」の本質ではない。記号的なキャラクターが持つ特質が、入り組んだ事件の中で必要不可欠な要素として取り入れられ、記号的なことを記号的だからと面白がって受け入れる、メタ的でお約束的な読み手の態度をもう一度、先に何が起こるか分からない展開へと引っ張り込み、物語を読みページを繰る楽しみへと引き戻してくれる。あるいは更に深い場所へと引きずり込んでくれる。

 最初は呆れてしまうかもしれない。あまりの記号的キャラクターの奔流に食傷してしまうかもしれない。しかしそこを乗り越えたときに、幾重にもなった謎がひとつひとつ明らかにされ、張り巡らされた策謀が晴れていく様に見えることができる。気がつくとページを次へ次へとめくらされ、300ページの文庫を一気に読まされていることだろう。

 角川スニーカー大賞で奨励賞を受賞したデビュー作。第1巻でこれだけのものを書いてしまって、この後に同じだけの厚さと深さを持った物語ををひねり出せるのかだけが心配だが、第1巻では30人いるクラスメートの全員が登場した訳ではない。”受難”の記号を新たに得た藍子の、すべてを巻き込みそして引きずる才能が、新たなジケンを呼び込んでは、そこに当たり前になりかかっていた記号の特質を改めて浮かび上がらせ、新たな魅力を与えながら唖然とする物語を紡ぎ上げてくれることだろう。


積ん読パラダイスへ戻る