極道、異世界を破滅へと導く

 ダークファンタジーでブラックファンタジーでブラッディファンタジー。それが真坂マサルの「魔法密売人 極道、異世界を破滅へと導く」(電撃文庫、650円)であると、断じていささかの間違いもない。

 現世に来たエルフの少女が気を失い、気がつくと強面のヤクザの放尿を浴びせられていて、命すら危ない状況だったところを、その強面のヤクザにとって舎弟だったはずの若いヤクザが、強面のヤクザを殴り殺してしまう。別にエルフを助けようとした訳ではなく、抱えていた怨みがあったから。そんな若いヤクザの男、成嶋千潮にルルルという名のエルフは異世界に来て欲しいと頼む。

 理由は両親も含めたエルフの仲間達の救出。そして戻った世界で、ルルルは千潮にエルフが狙われた原因ともなった「魔法」を引き出す薬によって力を得、そしてルルルとともに同族たちを助けに城へと向かったら、激しい拷問を受けて切り刻まれ、ほとんどが死んでいて、一族の長だったルルルの父も虫の息だった。

 いったい誰が命じたのか。いったい何が目的なのか。それはおそらく王様で、目的はもちろん<陽の涙>とルルルたちが呼ぶ「魔法」を発動させる特殊な液。千潮はそれによって幻惑を発生させる魔法を発動させられるようになった。ルルルは別の場所とを結ぶ力で、それで千潮がいる世界へと来て助けてくれる英雄を探していた。

 けれども間に合わず、一族はルルルの妹のアンリカを残して全滅へ。復讐を誓ったルルルは千潮に協力を仰ぐそこはヤクザだけあって、自分の利にもならないことを千潮は拒否しようとするものの、元いた世界に戻れる魔法を使えるのがルルルだけらしいと分かって、とりあえず協力を約束して彼女の父母らエルフの一族を連れ去り殺させた犯人を探りに王城へと潜入する。

 王のために薬を調合している男の下で本性を隠して働きながら近付いていった果て、千潮が知った事件の驚きの真相とは? 王位の後継争いの中で生まれた欲望や、人に潜む残虐の心性が蠢きぶつかり合って、純真な姫を絶望させ、復讐に燃えるエルフを血みどろにし、過去を引きずりつつ現世への帰還を思うヤクザの手を血塗れにする。ヤクザだけあって詳しい麻薬の知識を使いつつ、<陽の涙>によって振るえる魔法の制約を出し抜く方法を考え繰り出すあたりに千潮の頭の良さが見える。もっともそこに勝利はなかった。

 ハッピーエンドもカタルシスもゴミ溜めに放り込んだかのように存在せず、父母を奪われた少女の復讐が先走り、王位や力を求める欲望が暴走して血を流させ、死を招いて世界は混沌へと突き進む。物語の中にあって孤高のように純真で潔癖で正義感が強いひとりの少女ですら、翻弄されて地獄の底へと叩き込まれる展開に、救いの神はいないのかと嘆きたくなる。

 そんな物語にもひとまずの終幕は訪れる。すべてが片付いて復讐は成し遂げられたものの、やはり平穏は訪れない。まさに異世界が破滅へと向かう物語。それでも帰結に見えた光明が世界を救うと信じたいけれど、それでも失われた命の多さと大きさに、読み終えた本を手にしながらしばし呆然とする。これがティーンを読者の中心としたライトノベルに存在して良いのかとも思わされる。

 手がかりを失ってしまった千潮が元いた場所へと戻るために、あらゆる無茶をやってのけそうな予感もある。ただしその一方で、魔法の力は使うほどその身を滅ぼす。それを知って千潮はどこまで世界のために自分を律し続けられるのかが気になる。もしも続きが書かれれば、それが明らかにされるだろう。

 その続きが今の段階であるかどうかは分からないけれど、続きをうかがわせるような含みはラストに提示された。それでもやはり血で血を洗うような激しさからは逃れられそうもない。とりあえず言えることは、この本は今出ているノワールだのクライムだの極道だの異世界転生だのといった作品のどれをも差し置いて、読んで驚愕に打ち震えられる1冊だとうこと。そんな物語がライトノベルのレーベルから出るのやはり凄い。いや、そうでもないか。刊行したのは電撃文庫。そして電撃文庫は昔からこうだったのだから。


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