まほろ駅前多田便利軒

 人がひとりで生きていくのは難しい。山の奥とか無人島で自給自足でもしていれば話は別だけど、この社会で、普通に暮らしていこうとすれば誰かと必ず関わり合いになる。

 食べ物を買いに行けば店に入って店員と関わる。義務教育の間は学校で教師や生徒と否が応でも触れあうことになる。引きこもっていたって、面倒を見てくれる親なり親代わりの誰かがそこにいる。誰とも何らかの関わりを持たずに生きようとしたって、無理だ。

 それでも人となんか関わるのは嫌だと思ったのなら、三浦しをんの「まほろ駅前多田便利軒」(文藝春秋社、1600円)を読むと良い。誰とも関わりを持たない暮らしが実に勿体ないことなんだと思えて来る。失われない繋がりと、そして育まれる繋がりが、とっても素晴らしいことなんだと教えられる。

 主人公は便利屋を営んでいる多田という青年。郊外の街に便利屋を開いて、犬小屋の修理とか草むしりとか、チワワの世話とか塾に通う小学生の送り迎えとかの依頼を受けてはこなして報酬をもらい、糊口をしのいでいる。ひとり暮らしで、依頼人とはあくまで仕事上での関係に留めて、極力深い関わりをもたないようにしている。

 バス停に来るバスが間引き運転されているんじゃないか。そんな疑念に取り憑かれた金持ちの依頼で、バス停に座って何台通ったのかを見張れという奇妙妙な依頼も、お金のためだと頑張ってこなす。そしてその仕事をこなしていた最中、気が付くと側に誰かがいた。

 どうやら高校時代の同級生らしい彼。学生時代に会話した記憶はなかった。というよりその彼、行天は高校に通っていた間、まるで喋らずただ1回だけ、指が工作機械に挟まれ飛んでしまった時に「痛い」と言っただけだった。

 皆から気味悪がられていて、多田自身も訳あって敬遠していた彼が、なぜか多田をはっきりと覚えていた。再会した時も多田にちゃんと話しかけ、会話が始まり、そして多田の便利屋に転がり込んで来てしまった。

 こうして男2人お奇妙な共同生活が幕を開け、物語が動き始める。周囲に女っ気のない男2人の暮らし、となるといわゆるボーイズラブ的な関係が繰り広げられる展開も想像に浮かぶ。作者もそうした展開に並々ならぬ関心を抱いているだけに、反発しつつも引かれ合う男2人の関係が描かれるのではと、そんな妄想に巻かれる。

 もっとも一般向けの小説だけにそうはならず、どちらかといえば相棒的な関係で、直面する様々な事件に2人で当たっていくエピソードが繰り広げられる。

 チワワを預けて消えてしまった家族を捜し出し、新しい飼い主を見つけに奔走し、そこで新たに発生したストーカー事件に巻き込まれ、塾に通う小学生を送り迎えする仕事の最中に新たなな事件に遭遇し、それらの事件で関わりが出た人物から新たな仕事が舞い込んで、これまたひとつの事件に発展しては巻き込まれる。そんなエピソードの連鎖が、読んでいて実に心地良い。

 次に何が起こり、それからどうなって行くのだろうという興味から、次々にページをめくらさせる。そしてそれぞれの事件が、人と人との関係とは何だろうというテーマを描いていて、それぞれの場合にそれぞれの答えなり、あるいは考え方なりが示されていて、人と人とが繋がる素晴らしさというものを、読む人の心に浮かばせ染みさせる。

 多田には妻がいて、子供もいたけど今は1人。そこに至るまでに彼は人づきあいというものから逃げ出したくなる過去があった。行天には親しくしていた女性がいて、その女性には女性の恋人がいて、2人のために子供を残してそして逃げ出した過去があった。家族なり、家庭なり、関係なりから身を遠ざけ1人で生きようとあがいた2人。そんな2人が出会い、仕事を通して様々な関係が育まれていく中で、誰かを想い、誰かから想われる心地よさを感じさせる。

 便利屋という設定が、人との繋がりが持つ暖かみを見せる上で絶妙な効果を発揮する。昔だったら近所づきあで頼んでいたような作業が、近所づきあいの希薄化もあって難しくなってしまった。そんな中で、頼み頼まれる心のつながりを排除して、金銭的な一時の関係で代替するのが便利屋だ。

 そんな仕事を営みながら、多田は人との関わり合いから身を遠ざけようとしているように見える。いたたまれない過去から、世をすねているようだった多田。そこに現れた感情に純粋な行天との出会いがあり、また仕事先で出会う人たちの人と人との繋がりを見るうちに、ちょっとだけ沈んだ心に暖かみを取り戻していく。

 構成もまた絶妙。バス停での再会という光景の今一度の訪れ(実は間にもうひとつ、バス停での出会いがあってこれも重要な要素として本編に絡む)に、反復されつつ進展していく関係への喜びがわき上がる。

 過去、実に巧みな構成の物語を発表してきた作者だが、時に構成の完璧さを期そうとする余りにあざとさも見られた。この物語に関しては、凄まじくも冴えて完成されたパズルのような完璧さに、描かれるドラマの暖かさも加わって、めくるめく展開に引っ張られて読んで来た人たちに、達成感と満足感を覚えさせる。

 差し挟まれる会話も上等。何よりキャラクターたちが、すべてにおいて心を持って生き生きと物語りの世界を泳ぐ。紛う事なき傑作。三浦しをんの転換点となるべき小説と言って、決して言い過ぎではない。

 映像化によって、更なる輝きを放つ可能性を持った小説かもしれない。格好良い男2人に美女に子供に悪党にチワワ。キャッチなビジュアルに溢れた作品なだけに、映像化されたら評判にならないはずがない。映像化するなら多田は誰で行天は誰が良いか、といった楽しみも抱ける物語。それが未だ映像化の1作品もない三浦しをんに、どんな新たな繋がりをもたらすかにも注目したい。


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