電脳ルシファー
 タイムマシンでも火星人でも、月でも4次元でもロボットでも、SFのアイディアなんてものはとうの昔に誰かによって発見されて、小説や漫画や映画なんかで使われてしまっている。新しいアイディアなんてなかなか生まれはしないし、生まれたところで結局は誰かがまた同じアイディアを使って、別のSFを書いてしまう。

 だからといって、アイディアの発明者が必ずしも1番エライってことにならないのが、このSFというジャンルのいいところ。火星人を書くにしたって作家は手を替え品を替えて、ウェルズの創造したタコ頭の火星人をしのごうと躍起になる。読む方もそんな作家たちの知力体力創造力の限りを尽くした作品に、驚き喜び堪能する。時には怒り呆れることもあるけどね。

 SFのアイディアとしては比較的新しめに入るのが、バーチャル・リアリティーとかサイバー・スペースとかアーティフィシャル・ライフとかいった電脳物。ウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」を嚆矢に、に柾悟郎の「邪眼」、東野司の「ミルキーピア物語」、萩尾望都の「ラーギーニ」、内田美奈子の「ブームタウン」などが送り出された。新しいところでは井上夢人の「パワーオフ」、そしてルーディ・ラッカーの「ハッカーと蟻」がある。

 同じ様なアイディアがベースにあるからって、「ニューロマンサー」以外がつまらないかっていうとそんなことは全然なくって、逆に全部が全部、最っ高にオモシロイ。バーチャルリアリティーのサイバースペースを商売の空間にしてしまった「邪眼」、それを視覚的にすることに成功した「ビームタウン」、アーティフィシャル・ライフを操る人間の造物主への憧憬を描いた、まるでコインの裏と表のような「パワーオフ」と「ハッカーと蟻」・・・・。新しいアイディアを見つけることも大切だけど、既存のアイディアをいかに使い倒していくかってのも、SF作家、いやすべての作家にとって必要なスタンスじゃないだろうか。

 で、電脳物に新しく加わった北野安騎夫の「電脳ルシファー」(廣済堂出版、850円)だけど、登場してくるアイディアにガジェットは、過去にどこかの電脳物で見たようなものばかり。科学者たちが自分たちの欲望のために作り出したアーティフィシャル・ライフが逃げ出したって設定も、ヘッド・マウンテッド・ディスプレーと全身スーツを身につけて遊ぶバーチャル・リアリティーのシューティング・ゲームの中に出現する悪魔って設定も、どこかで読んだよなあ、誰かが使っていたよなあって記憶がある。

 しかし断言する。それがどうした! 「電脳ルシファー」は文句なしにオモシロイ。これだけで充分。言い訳なんか必要ないね!

 「電脳ルシファー」の魅力は、極言すればヒロインの朝倉ケイの魅力に尽きる。廃人になった兄を救うために傭兵を経て電脳免疫学者、いわゆる「ウイルス・ハンター」になったケイは、モデルといっても通用するような端麗な容姿とは対照的な、強靭で野性的な意志を内に秘めている。今回のヤマは因縁浅からぬ男、稀崎から持ち込まれたもので、茨城県T市にある人間情報通信研究所から逃げ出したアーティフィシャル・ライフを探し出せという内容だった。

 徒党を組んで仕事をすることを嫌うケイは、いったんは稀崎の依頼を断るが、廃人となってカナダへと連れ去られた兄、朝倉裕二の元婚約者、神尾由紀子が稀崎の愛人となっていると知り、両者への反発心からか、仕事を引き受けてしまう。

 もう1人の魅力的なキャラクターが、コンピューター関連企業「SIDO」に務める斎木美也子という女性。若くして広報宣伝部長の地位を得たバリバリのキャリアウーマンだが、ある日会社を尋ねて来た刑事から、「SIDO」が開発したバーチャル・リアリティーのスーティング・ゲーム「パンデモニューム」の常用者たちが、次々と殺人や傷害事件を起こしていることを知らされる。仮想空間で悪魔を倒していくゲームのどこに、若者を狂気に走らせる原因があるのか。上司との軋轢を省みず、「パンデモニューム」の秘密を探っていく美也子の前に、かつて敵として戦ったケイが現れ、逃走したアーティフィシャル・ライフのことを伝える。

 傭兵上がりのクールな野生味に溢れたケイと、才能と努力で経済社会での地位を築き上げた美也子の2人の女性を軸に、ケイにくっついて離れない僧形の男妙空、酷薄で冷淡な企業家稀崎、「パンデモニューム」にのめり込む哀しい少女「レヴィン」たちが、人々の欲望と絶望に溢れた東京の街を舞台に、ぶつかり合い、傷つけ合い、慰め合う。

 連作短編集「ウイルス・ハンター」の続編ということで、入り組んだ人間関係に理解しづらい部分が当初はある。がしかし、最小限の説明が作品中で加えられているから、「ウイルス・ハンター」を読んでいなくても、充分に独立した作品として楽しめる。また作者曰く「これ1作だけで登場人物達が黙っているはずもなく、事情が許す限り書き続けたい」ということだから、作品を重ねるに連れて、ケイやその他のキャラクターたちも、作品の背景となっている世界も、どんどんと厚みを増していくことだろう。

 妙空の過去とか美也子のこれからとかいった、枝編的なお楽しみもあるが、何よりも兄を探して世界中を飛び回るケイの新たな活躍を読める可能性があるというだけで、作者の続筆宣言は心強い。決してメジャーとはいえないノベルズから刊行されているため、埋もれてしまって作品もこれっきりという事態が懸念されないでもないが、いったん火がつきさえすれば、「サイコダイバー・シリーズ」で夢枕獏の才能が、伝奇バイオレンスの世界で一気に花開いたように、北野安騎夫の才能も、ビッグバンとなって電脳バイオレンスの世界を席巻するはずだ。


積ん読パラダイスへ戻る