宇宙はくりまんじゅうで滅びるか?

 山本弘には3つの顔がある。

 有名なのは「と学会会長」の顔。超常現象やオカルトを礼賛する本を取り上げ、繰り広げられる論理の不思議さを面白がる集団の長として、科学的に間違っている言説に挑み論破し惑わされている人々を正しい世界に引き戻す。

 表題になっている「宇宙はくりまんじゅうで滅びるか?」(河出書房新社、1600円)も、そんな顔が感じられるエッセイで、藤子・F・不二雄の漫画「ドラえもん」に出てきた、永久に分裂し続けるくりまんじゅうが、やがて宇宙を埋め尽くしてしまう心配を、科学的に正しい論理で払拭している。

 それから、ゲームデザイナーとしての顔がある。80年代にブームが起こった、コンピュータを使わないRPG(ロール・プレイング・ゲーム)を作る会社に入って、世界を練り上げキャラクターを造型し、物語を創作して小説も出した。

 ここから派生した作家としての顔が実は、山本弘の原点にして本懐ともいえるものだ。1978年にあの新井素子を出した「第1回奇想天外SF新人賞」で佳作を受賞し、「ハヤカワSFコンテスト」など他の有力SFコンテストでも、常連の投稿者として活躍していた実力の持ち主。それが山本弘だった。

 当時の活躍ぶりを知る人は、そのまま作家としてデビューして、神林長平や岬兄悟、大原まり子といった世代と並び活躍しはじめるのかと思っていたに違いない。

 だが、作家としてのデビューはやや遅れ、それおゲームの世界が舞台となった小説がメイン。ベストセラーを出したものの、一般書籍とはやや違うカテゴリー。人気は絶大でも認知は枠内にとどまっていた。

 もっとも、それも最近までのこと。神の非在を説いた「神は沈黙せず」(角川書店)や、ロボットの生まれる心を描いた「アイの物語」(角川書店)といった、大人向けの本格SF小説を出していずれも大ヒット。SF界が認める賞の候補にもなった。だからごく最近、山本弘の名前を知った人は、こちらからの方が多いかもしれない。

 どの顔にも通底しているのは、SFへの深くて強い愛、だろう。収録されているエッセイには、どの顔で書かれたものであっても、SFから学んだ世界の見方や考え方がにじむ。

 そして人心を惑わす似非科学なり間違った言説への憤りも。表題作には実は、過去に成されながらも間違っていた論に対する反意が、あからさまではない形で織り込まれている。「ドラえもん」へのリスペクトなき先論に怒り、自分たちをセンス・オブ・ワンダーの世界へと導いてくれた「ドラえもん」への愛を強く込めている。

 だからといって、許容範囲は決して狭くない。むしろ広く、SF好きだからといってSFを狭量にはとらえず、SF的なマインドを持った、そして何より楽しいゲームへの愛を表明し、ライトノベルへの理解も示す。

 越境とか、他流試合といった概念なしに、3つの顔を使いそれぞれの分野で成果をあげる。マルチの才とはこれを言う。

 最愛の妻との馴れ初めをつづった長文のエッセイも収録。多才な奇才の源流を知る、最善にして最適な1冊と言えるだろう。その妻との馴れ初めを描いた文章では、良き夫であり良き父親としての顔ものぞかせる。

 山本弘の顔はいったい幾つまで増えるのだ?


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