こうやさい
煌夜祭

 恐るべき、そして期待すべき書き手の到来だ。

 第2回目の「C・NOVELS大賞」を受賞した多崎礼の「煌夜祭」(中央公論新社)は、世界設定も巧なら物語も重厚。それら上で動くキャラクターたちは、誰もが深い背景を持っていて、めくるめく展開の中に精一杯の生を見せては、強い感動をもたらす。

 海らしきものの上に浮かぶ島々。といっても群島ではなく、中央に1島があってその周囲を3重の輪となって内周に2島、2周目に8島があって1番外側に8島(うち1島は消滅)が位置する、太陽系のような構造になっている。外側の環に行くほど文明的にも経済的にも水準が低くなり、そこ暮らす人々は、日々の糧を得るために身を粉にして働いている。

 そんな世界に伝わる物語を、拾い集めては覚え、そして語り継いでいく存在がいた。語り部たち。島々を渡り歩いては人々に物語を語って聞かせるのが仕事だが、年に1度、冬至の日を指す「煌夜祭」の夜だけは、滞在している島にいる島主の所へと集まっては、夜を徹して語り明かす。

 そんな「煌夜祭」の夜。とある島の島主の館に2人の語り部がやって来た。継ぐ島主がおらず、廃墟となった屋敷で対面した2人の語り部は、島民たちに聞かせるはずの物語を、たった1人の語り部を相手に交互に紡ぎ始めた。

 例えばニセカワセミの話。語り部を騙って流浪していたカワセミは、島主の屋敷へとたどり着きそこで魔物と出会う。食べられたくないカワセミは、知っている話を次々と繰り出しては魔物の興味をそちらに引くが、夜明けを待たずに話は尽き、自身がニセカワセミとなった話を最後に、魔物に食われて息絶える。

 本当だったら出会えば人を食う魔物が、物語を聞いている間は正気を保っていられた。その発見が、後に語り部という存在を世界にとって大切なものとし、やがて「煌夜祭」という風習を生み出す。本編のひとつの前提、そして登場する語り部に魔物たちの存在がそこで示される。

 続いて物語は、島を守り戦ったリィナという女性の話が語られ、王子でありながらも魔物になってしまった男の暴走を抑え、善政へと導こうとしたクォルンという人物の英雄譚が語られる。それらの話はやがて1つへと重なって行き、魔物と人間とが共生こそ難しいものの対立はせず、背中合わせで生きていられる世界、語り部によって守り導かれる世界の到来を示すエンディングへと導かれ、収束する。

 島が環状に連なる世界で起こる覇権争いをダイナミックに描きつつ、魔物に人の心を持たせ続ける物語の力を示し、魔物であっても心を持った存在と認め、慕う優しい気持ちの尊さを示す。「煌夜祭」の日に出会った2人の語り部の正体が明かされるクライマックス。隠されていたカードがめくられ、裏側がに描かれた絵の断片が組み合わさって、1枚のタペストリーが織り上がるような驚きと快楽を味わえる。

 キャラクターの意外性も楽しみどころ。伝説に現れるリイナやクォルンといった英雄たちのその後とその正体には驚かされる。且つ伝説の登場人物たちが語り部たちの言葉から飛び出し、現実の存在となって現れる展開に歴史は断絶した記録ではなく、今と地続きのものであり、また未来にも繋がるものなのだと教えられる。

 島が環状になった世界そのものの謎については触れられず、そうした世界である必然もいささか不明なのは気にかかる部分。そんな世界に球体状の世界と同様の季節があり、胃昼と夜とが訪れるものかといった疑念も浮かぶが、かつての地球が半球と見なされていたように、世界にとって小さき人の目から見れば、島々が環状に連なっているように見えたのだという解釈も成り立つ。気にするべきことではない。

 なにより語り部たちの口を通して紡ぎ出される物語はどれも素晴らしく、繰り広げられる人々の生き様や、起こる事件や思い思われる感情の機微には、魔物ならずとも引き込まれる。物語の力を存分に味わえる。

 これがデビュー作というのなら、作者はいったい次にどれほどの物語を紡ぐのだろうか。「あとがき」によれば、文字の代わりに映像が飛び出し、情報を伝達する世界が舞台となった物語になるという。物語の力に続いて言葉の力、文字のパワーを見せてくれるストーリーなのだろうか。どんな話になるのかと、今から楽しみも尽きない。


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