じらしたおびはこのバスジャックで

 ネガティブがいたらポジティブがいて、弱々しい奴の後ろ向きの発言を叱咤し前へと引っ張るか、強引すぎる発言にモノ申して極端に陥らないようにするものだし、ナイーブがいたらアクティブがいて、動こうとしない奴の尻を叩くか、前のめりの行動をたしなめ事が急進するような事態を避けようとする。それがバランスというものだ、物語で登場人物を配置するときの。

 ところが、大橋慶三による第14回ボイルドエッグズ新人賞受賞作「じらしたお詫びはこのバスジャックで」(産業編集センター、1600円)に登場する奴らは、誰も彼もがネガティブでナイーブでセンシティブ。導こうとしては邪魔されたり、落ち込んだら励まされるような半ば予定調和の関係を安心して楽しむということは出来ず、逆に互いに腫れ物にでも触るような緊迫した関係の中で、どこに向かうかまるで見えない物語を突きつけられる。

 舞台は首都圏近郊から東京ディズニーランドへと向かう高速バスの中。といっても市中を走る乗り合いバスが転用されたチープなバスで、そこにディズニーおたくらしい青年と、学生服を着た少年と、金髪でサングラスをかけたサイケデリックな若者と、中年男と連れの少女の奇妙なカップルに、そして父親と母親と息子という3人の家族連れが乗り込んだ。

 そして起こったバスジャック。仲間に自分をハイドと呼ばせているサイケデリックな金髪の男が「俺は人を殺せる男だ、けれども殺さない男だ。分かるか?」と、格好を付けているのか弱腰を始めから明かしているのか分からないけれど、突然にサバイバルナイフを掲げてバスジャックを宣言する。

 そこで普通ならいろいろと騒ぐ奴がいて、大人ぶって諭しやめさせようとする奴がいて、正義の味方がいて無関心な奴がいてと様々なキャラクターが絡み合って、人間模様というタペストリーを織り上げるもの。ところが、バスに乗り合わせていたのは、は揃ったかのように臆病で繊細で無関心な人たちばかり。普段から外に吐き出せず、内に溜め込んだ気持ちを、1人の暴走に引きずられるように連鎖的に爆発させては、バスの中を更なる混乱へと向かわせる。

 めまぐるしくバスジャック犯が入れ替わり、主導権が言ったり来たりして、警察に通報するのしないのといった投票が始まり、ぶち切れた運転手がアクセルを踏んで橋から海に飛び込むと言いだし、そこを警察が追いかけてくるというドタバタ劇。その中から浮かび上がってくるのは、人なら誰もが抱えている弱さであり、迷いであってそれがどうすれば強さに変わり、前向きになるのかというプロセスだ。

 そして人は変われる、それも割と簡単に、といった気持ちがどこからともなく沸いてくる。ずっとひとりで考え抜き、絶対にやり抜こうと決意したことだって、いざ実行する段になって実行を疎外する壁にぶつかったり、誰かの助言を受けて意見がガラリと変わったりして、もうやめよう、諦めようと思うようになったりする。それを信念がないとか、優柔不断だとか、弱虫だとか言って非難することは可能だし、そういう悪口をぶつけたくなるような豹変も、実際のところ少なからずある。

 けれども、周囲が見えないままで闇雲に突っ走ったところで、ゴールにたどり着ける可能性はとてつもなく低いし、根拠もないのにいろいろ考えたところで、成功する確率はとてつもなく低い。だったら、誰かの言うことを聞けば良い。意見に耳を傾ければ良い。内にこもってウジウジするより、皆で高めあい、誘い合って進んでいけば良いんだと、バスに乗り合わせた者たちによって繰り広げられる言動が教えてくれる。

 1台のバスで次々に起こる主客転倒とそして告白合戦。三谷幸喜の戯曲「12人の優しい日本人」とか、映画と舞台で人気となった「キサラギ」といったワンシチュエーションの舞台に近い雰囲気があって、舞台でそれらが繰り広げられている様が目に浮かんで、いっそうの面白みが沸いてくる。本当に舞台になれば、あるいは映画になればさらに面白さは増すかもしれないけれど、そういう可能性はあるのだろうか。

 また、バスに乗り合わせた弱くて優しい連中の、誰が自分に近いのかを考えて見るのもひとつの楽しみ方だ。強靱な肉体を持ちながらも、家族への引け目から自分を閉じこめていた父親だろうか。それとも口先だけの教授だろうか。ディズニーおたくにいじめられっこの学生に妻に逃げられた運転手等々。決して重ねたくはないけれど、どこか重なる人たちの姿に自分ならどうするか、どうすればバスジャックに逃げ込まない道を進めるのかを考えてみたい。

 それにしてもボイルドエッグズ新人賞、過去に幾度も直木賞候補になった万城目学を生みだし、他にも続く作家を出している賞だけあって、相変わらずに一風変わって、そして社会的に意味を持った作品を探してくる。1回目から支援してきた産業編集センターでの刊行は今回が最後らしく、次からは受賞作を出版社が入札によって引き受けるシステムがとられるとのこと。その可能性に期待しつつ、海の物とも山の物とも分からない新鋭の本を刊行し続けてきた産業編集センターの英断と信念を讃え、心底よりの喝采を贈りたい。


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