恋するSP 武将系男子の守りかた

 何10キロもの重さがある鎧兜を身につけ、昼夜を問わず戦場を駆け回れる体力や、自らの命のみならず一族郎党から領民に至る運命を背負い、日々を軍事や財政に気を配って生きていた知力が現代にあれば、戦国武将たちは誰もが一流の政治家であり経済人でありアスリートになったに違いない。そんな想像を過去、形にしてくれた作品が幾つかあって、例えばライトノベルでは福田政雄の「殿がくる!」(スーパーダッシュ文庫)という作品があり、漫画では志野靖史の「内閣総理大臣 織田信長」があった。

 1994年から1997年にかけて刊行されていた「内閣総理大臣 織田信長」という漫画は、現代に転生したかのごとくに登場した織田信長や家臣団が、戦国武将ならではの決断力や知力を発揮しながら日本の政治を引っ張っていくといったもの。とりわけ信長が見せる傍若無人ぶりは、固定観念に凝り固まった現代社会をぶちこわして痛快さを感じさせてくれた。

 ライトノベルの「殿がくる!」は、第3回集英社・スーパーダッシュ小説新人賞で佳作となった作品で、本能寺の変が起こる1年前からタイムスリップして来た織田信長の思考と決断力が、現代を毒する政治や社会に切り込むといったストーリーだった。相場師としても織田信長は勘と決断力の鋭さで結構な腕前を見せていた。

 第22回電撃小説大賞で銀賞となった結月あさみによる「恋するSP 武将系男子の守りかた」(メディアワークス文庫)もまた、過去から戦国武将がこちらは3人も一気にタイムスリップして来るという話。その3人とは長尾景虎こと上杉謙信、武田晴信こと武田信玄、そして織田信長と戦国でもトップクラスの知名度を誇り才覚でも飛び抜けた面々だ。

 その3人が知謀をめぐらせ戦略を繰り出せば、現代の日本などあっという間に蹂躙され、世界すらその傘下に入って三つ巴の戦いが繰り広げられることになる。そんな想像も浮かんだけれど、この「恋するSP 武将系男子の守り方」で戦国武将は積極的に現代には絡まない。むしろ日本政府は現代に絡んで未来を知った戦国武将たちが、例えば明智光秀の謀反を信長が阻止するといった具合に過去を変えて現代を変えてしまっては困ると考え、タイムスリップして来た城から外に出さないよう、保護と称して監視も兼ねてSPを送り込み、武将たちを押さえ込もうとする。

 そのSPとして、警視庁に入ってようやく警備部警護課に配属されてSPになれたばかりの黒田千奈美という女性が選ばれ長尾景虎のもとへと赴くと、景虎は千奈美に過去、愛し合いながらも失ってしまった由岐という女性の面影を見て強く欲するようになる。無理矢理に手込めにするような真似はしないものの、側に置いて離そうとせず積極的にアプローチする。

 草食系で言いたいことも言えずしがらみに縛られ臆しがちな現代の男性とは違った、荒くれだけれど筋が通って積極的な武将系男子といったものを見せて、女性の心を揺らすといった展開。千奈美の上司で冷静沈着ながら女性には冷淡な雰囲気の、氷川とい男との違いをそこに際立たせてどちらが良いかを問いかける。景虎と違って信長は現代人が尋ねてきても刀で斬って追い返したりする乱暴ぶりを見せるけれど、それも含めて好みといったりする千奈美の先輩の女性SPもいたりするから、やっぱり戦国武将には現代人にはない何かがあるのだろう。

 そういう部分を描きつつ、一方で現代のことを密かに調べて知っていくという、さすがは乱世を生き抜いている戦国武将ならではの策略も見せてくれる信長たち。それで過去が変わるかどうか、といったあたりでひとつ、筋が通った戦国武将ならではの生き様や覚悟といったものを見せてくれるところにも、男女を問わず惹かれてしまいそうになる。

 信長は運命を知って現代の文明を取り入れ、そして過去に戻って何をしでかすか。それとも何もしないのか。武田晴信らしき人物がアクシデントから影武者と分かって、その代わりになった男は過去に行って何を目論むのか。長尾景虎は現代に来て恋路を改めて確認しながら、過去に戻って純情を貫き通すのか。そんな結果としての現代があるということは、つまり誰もが歴史に準じたってことになるのだろうか。そんな思いが浮かぶ。

 一応の完結を見ている以上、続きは難しそうだけれど、あるいは景虎たちが何度か現代にタイムスリップしてくるような展開も考えられるそう。3人以外の戦国武将たち、島津に毛利に長宗我部に徳川といった面々が、現代に来てはやり武将としての潔癖さを貫くか、それとも違う部分を見せるのかといった想像も浮かぶ。続くなら是非にそのあたりを。


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