機龍警察 狼眼殺手

 読み始めたらその先が知りたくなって、ページを繰る手が止まらなくなるのはいつもの通り。そして、じわじわと何かに迫っている感覚を得られながら、逆に追い詰められているような息苦しさも覚えて、先を読みたくて、けれども読んで良いのかためらう気持ちもやはり浮かぶ。

 月村了衛による「機龍警察」シリーズの最新刊となる「機龍警察 狼眼殺手」(早川書房、1900円)。横浜にある中華料理店で起こった殺人事件は、男たちが会合を持っていた部屋にウェイトレスをつけるように入って来た殺し屋が、瞬時に全員の額を撃ち抜きご丁寧にもう1発打ち込んでとどめを刺すというプロの仕事ぶりを見せ、神奈川県警の関心を引く。

 そこに飛び込んで来たのが、隣県の東京にある警視庁の捜査二課。ただでさえ仲の悪い相手に事件を横取りされそうになった神奈川県警が憤っても、上ですでに決まった話。それよりもどうして殺人事件に警視庁から捜査二課が、それも事件直後に駆けつけられたのかが重要で、どうやら以前から被害者の中に贈収賄事件の線で警視庁が追っていた人物がいて、その日も監視をしていたら殺害されてしまったらしい。

 手口のあまりの凶悪ぶりから捜査二課だけでは手が余りそうで、なおかつ政治絡みで捜査を先へと進ませづらい状況から、警視庁では捜査二課だけでも、殺人事件を担当する捜査一課を交えても打開が難しいと考え、どこにも配慮をする必要を持たない特捜部、すなわち“機龍警察”を入れて捜査を進めることになる。

 そこで明らかになったこと。どうやら中華料理店での殺人事件は、それ単体ではなく連続した殺人事件のひとつであって、海外で幾つもの暗殺を成功させながら正体を一切つかませずにいる“狼眼殺手”と呼ばれる暗殺者が動いているらしいと分かってきた。

 いったい何者? 予告までして厳重に固められた警備の網に謀略によって生じさせられた穴を縫って目的を達成し、その姿を特捜部にあって龍機兵の「バンシー」を駆り戦うライザ・ラードナーという女性に見せる。その目的は? IRFとうテロ組織の暗殺者という経歴を持ったライザの過去が振り返られ、狼眼殺手らしい人物との対峙へと到る。それは、ライザが所属していたIRFが起こしたテロ事件「チャリング・クロスの惨劇」で家族を失った、同じ特捜部で技術班を束ねている鈴石緑の過去とも重なって2人を揺らす。

 そうしたキャラクター間に漂うドラマの一報で、本筋として警視庁が追っていた贈収賄事件のさらに向こうに、日本どころか世界の通信事情を揺るがしかねない技術的なブレイクスルーがあって、それに群がる企業や政治家や官僚などがいることも見えてくる。これは暴かなくてはならないと追っていく外務省のキャリアから警察へと転じて特捜部の部長となった、沖津旬一郎の前に見えてきたのが、以前より彼が存在を訴えていた「敵」なる存在の手だった。

 警察を含めた官界政界の中に枝を伸ばして、網を広げては何かを画策している「敵」。それは、沖津が目指す正義とは少し違った動きを見せているようで、特捜部の行動に先回りをして妨害し、挙げ句に本性を露わにして襲いかかってくる。どうやらブラックボックスの技術が使われている龍機兵を入手したいという思惑がある模様。それを使って「敵」は何を目指す? そこが未だ見えず、今後の戦いで沖津を迷わせそう。

 そもそも「敵」は何をしたいのか。それは日本にとって良いことなのか、逆に世界にとって悪すぎることなのか。「狼眼殺手」の中で「敵」はチャイニーズマフィアの食い込みを排除し、日本から技術が流出するのを防ごうとしていた。それが国防への意識であってつまりは正義ではないのか。それとも別の思惑が背後に蠢いているのか。誰で、何が目的で、どうなってしまうのか。そんなビジョンが見えないところに、先を読むためらいが生まれる。

 それでも、一切の憂慮を振り切って、「敵」の謀略が粉砕され、正体を暴かれて真ななる正義が屹立するところも観たいというのが一報の本音。だから読みたい、この続きを、できるだけ早く。

 凄腕の殺し屋たちによる戦闘が繰り広げられ、キャリア官僚たちの権勢を巡る駆け引きも行われる間にあって、帳簿をめくり出納を見つめてそこにある不穏な声を聞き取り、問題の所在を浮かび上がらせていく財務捜査官であったり、国税局のリョーチョーといった面々の、拳銃は抜かず格闘もせず権力も振りかざさない戦いぶりが格好いい。そういう戦い方もあるのだと教えてくれる。

 それでもやはり龍機兵使いの3人が持つリアルな戦闘能力の高さに憧れる。元傭兵とう姿俊之の暴力団組長を相手にまるで動じない態度は、地獄を見て死線をくぐり抜けてきたものだけが持つものか。そんな彼に遅れを取らないライザ・ラードナーが、自分の過去と向かい合うような形で戦っては追い詰められるほど、今度の敵は波の強さではない。

 そうした相手とライザ・ラードナーが戦って、追い詰められ死線をくぐり抜けてひとつの“友情”めいたものを手にい入れる。もしかしたらこの後、彼女は少し変わっていくのかもしれない。それが強さになれば良いけれど、弱さになって退場となる可能性だって考えられる。戦いの世界は非情だから。祈るしかない。

 不要とあらば警察の幹部であっても不倫の上の心中に見せかけられて殺される「敵」を相手にした戦いの凄まじさにも直面しつつ、それでも正義を貫こうとする沖津を筆頭にした特捜部と、他の「適」に与していない警察官たちに喝采を。そして正義とは正反対の我欲を貫く小野寺徳広なる警察官僚の行く手に艱難辛苦を。上目遣いのごますり野郎に見えて、上司が完全失脚しても生き残って官界を渡っていくところを見ると、案外に手強い奴なのかもしれない。立ちふさがるか排除されるか。目が離せない。


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