時計 第一幕

 さかのぼれば、いったんはリセットされるけど、そこから改めて進んでいっては、またさかのぼってそこから進んでいく、ループする時間という檻の中で、どうにかして抜け道を見つけなければならないという苦闘。それが重ねられた果てに、ループする時間から抜け出して、最善の道をつかみとる物語が好まれ、よく書かれるのは、読み終えたときに浮かぶある種の解放感が、心地良いからなのだろう。

 もっとも、綾崎隼の「君の時計と嘘の塔 第一幕」(講談社タイガ、660円)という作品は、ループするのが1人ではなく2人な上に、戻るたびに少しずつスタート地点の状況が変わっていくという条件が付いて、元通りからリスタートして、少しずつルートを替えながら、何度も挑戦を繰り返していくという、ループ者の優位性を発揮しづらいところが目新しい。その上、読み終えてたどり着くハッピーエンドに解放感を味わえるだろうという楽観が抱けず、ページを繰る手を惑わせる。

 小学校の頃、花火を横から見ればやっぱり丸いのかを証明するために、花火大会の夜に近所にある高校に忍び込んで撮影し、引き上げようとした時に大きな地震が発生。逃げだそうとして何かを踏み、父親からもらった古い時計を無くしてしまった綜士という少年が、高校に入ってから遭遇したある状況が、物語の主なストーリーとなっている。

 綜士は通っていた小学校で、運動でも勉強でも自分より上を行っている芹愛という少女が気に入らなかったか、あるいは愛情の裏返しのような憎悪を抱いてしまったか、自分や同級生の所持品を彼女の鞄に入れて、泥棒という冤罪を被せた。そのことへの後悔が綜士の快活で自信家だった性格を替え、どこか陰気で鬱屈したものにしていた。

 それでも芹愛のことが気になっていたのか、彼女が進んだ高校生を頑張って受験し、どういんか合格して同じ学校に通い始めたものの、とりたたてて会話をすることもなく、芹愛が陸上部の走り高跳びで活躍するのを遠くから漫然と眺めていた。

 友人を作ろうという意欲にも乏しかったけれど、そこに声をかけてきた一騎という少年に誘われ、芹愛が部活動をしている姿を公然と撮影できるという甘言にも乗って写真部に入り、高校生らしい学校生活を送りはじめる。ところが。気がつくと一騎が消えていた。というか、元からそういう生徒はいないことになっていた。

 いったい何が起こった? 訝る綜士のところに、なぜか医学部に何度も合格しながら留年を続けている20歳の高校生、草薙千歳が近づいてきて、時間に異常が起こっているからだと説明する。世を拗ね母親にも反抗を続けている綜士にとって、千歳の助言も最初は疎ましく思えたけれど、話を聞くうちにどうやら5年前に体験した大きな地震が、記録的には観測されておらず幻だったことを知り、そして地震の影響で時間がずれた地域があったことを教えられる。

 そんな時間の異常が、通っている高校を中心に広がっていたことを千歳は知って、「時計部」なるものを作って地域によってズレた時間を時計に刻ませつつ、あの日にいったい何が起こったのか、そして今何が起こっているのかを調べていた。綜士はその言動を信じ、一騎の痕跡を求めて調査に乗り出す。

 その前に現れたのが、鈴鹿雛美という少女。朝礼で校長に成り代わって学園祭が中止になると勝手なことを言って、綜士にもその存在を知られていた雛美は、時間がループしているんだと訴え、その原因に恋人の大学院生の死があると訴える。なおかつ綜士も時間をループしていると話し、その原因がだんだんと見えてくる。

 失いたくない人を失いことが時間のループを呼ぶなら、それを止めれば良いと雛美は何度か挑んだものの、大学院生の彼氏は必ず死んでしまい、その度にループが起こっていたという。なおかつループする度に、雛美は家族をひとり、またひとりと失っていた。以前とは前提条件が変わったスタート地点からリスタートしなくてはならない困難。それでいて最愛の人の死は確実に訪れるというパズルに挑まなくてはならない難しさが、物語を読む心を不安にさせる。

 同時に、どういう理由からそういった状況が起こっているのかを想像し、前提条件が変わるループからも正解を見つけ出すという、より難易度の上がったパズルに挑戦する意欲もかき立てられる。もちろん容易には解き明かせない時間の檻から、綜士、千歳、雛美はどうやって抜け出すのか? そこが気になる。

 綜士にとっての“きっかけ”が訪れ、それまでの1カ月の経験をどうにか後に繋げようとして自宅の階下に降り立った綜士は、とても重要な欠落を知って愕然とする。痛んだ心を引きずって、彼はループに挑むことになるのか。失敗して戻ればまた何かを失うのかもしれないという恐怖の中、それでも最善を求めて進む展開が気になる。世界がどういう状況に陥っているかという疑問への答えも求めつつ、続く物語を読んでいこう。


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