機巧銃と魔導書

 転移なり転生した者はみな異能を持ち、スキルを持って転移なり転生した世界で大活躍する、というのはひとつの定型であって、この世界では得られない成功への願望をかなえてくれる設定としてよく書かれたりする。書かれ過ぎたりもするため辟易とさせられる場合も少なくないけれど、そうした間隙を縫って意外な展開、凄まじい展開をぶち込み面白くした作品も出ていて侮れないし、見逃せない。

 そしてここにも。各所から転生してくる世界があって、地球人類だと異能が発動するらしく、自分の姿を消せる力を得たタナカはダンジョン潜りでモンスターに見つからずマップを書き換えお宝をゲットする活躍ぶりで稼ぎつつ、趣味に走ってのぞきもやって更衣室で美女のパンツを手に取り口へと入れていたら、そこに踏み込んで来たのがクラウ・ソラスという集団のメンバーだった。

 哀れ捕縛され、異能を使えなくされパンツが老女のものだと聞かされたタナカは、弱みを握られるなり改心するなりしてクラウ・ソラスのメンバーに加わり、その能力を生かして潜入しつつパンツも噛みしめ張り倒される……といった異世界ラブコメ展開にはならないのが、かずきふみという主にゲームのシナリオで活躍している作者による「機巧銃と魔導書(グリモワール) File.01 異能を狩る者」(GA文庫、600円)だ。
 タナカはここで哀れにも本編から退場。そして主役は、日本からその世界へと転移して来たらしい両親から生まれたキョウヤ・ナナフセという少年が引き継ぎ、その世界で生まれ育ったフィヨル・アウレリウスという魔導書を読む力を持った少女とともに、異能がらみの事件を扱うクラウ・ソラスのメンバーとして活動していく。

 そして、2人の女性が惨殺された事件に挑むキョウヤらクラウ・ソラスの面々だったが、なぜか事件そのものが存在を失い、キョウヤの記憶からもさっぱり消えてしまっていた。もっともフィヨルだけは魔導書に書かれたことをすべて知る能力があって、書き換えられる前と後の出来事をすべて覚えていられたことで、何かが起こっていると感じ取り、それをクラウ・ソラスに告げ、誰か何を起こそうとしているのかを探り始める。

 繰り返される殺人とリセット。起こるはずの事態を防げない懊悩を抱える一方で、確実にリセットされるといった将来を踏まえ、キョウヤやフィヨルは誰が何を目的にリセットしているのかを追いかける。それは惨殺された人物からの推理による探索で、ミステリとしての要素を楽しめる。

 もっとも、そうした事件の先に別の事件が浮かび上がり、その真相へと迫る過程で恐るべき事実が浮かびあがる。それはキョウヤの出自と交友に深く関わるものだった。

 ハッピーエンドが常套のライトノベルジャンルにあって、とても苦く悲しい展開があって慟哭に悶えそうになる。幸せの絶頂にあって断たれる思いへの同情に涙する。驚いただろう。悔しかっただろう。そうした思いを考えた時、暗澹とした気持ちになってどうして誰も救えなかったのかと怒りすら浮かぶ。

 とはいえ、誰かによるリセットの能力では届かない時間であり、起こってしまったことをやりなすのが無理なら、あとは生まれた憤りを噛みしめ、想像に浮かんだ無念を引き継ぎ戦っていくよりほかにない。そうキョウヤは思ったことだろう。そうした情念が戦いの中で力になって、キョウヤは晴れて断罪を成し遂げると思いたい。

 とはいえ、敵はとてつもなく強大そう。“災厄の30人”といった言葉からつながってくる因縁の闘争にキョウヤはどう挑み、そこにフィヨルはどう挑むのか? もうひとつ、どうして地球からの転移者にそれほどまでの異能が浮かんだのか。さらには強い異能を持てば必ず人は堕落してしまうものなのか。そうした疑念にも答えが得られることを、続く物語に期待したいし求めたい。晴れて幕を開けた最高の物語が、ミステリとしての探索とハードボイルドとしての闘争、そして世界の成り立ちにも関わるような驚きを見せてくれると期待して続きを待とう。


積ん読パラダイスへ戻る