軋む楽園の葬花少女

 守られているのだろうか。それとも捕らわれているのだろうか。

 鷹野新による「軋む楽園(エデン)の葬花少女(グリムリーパー)」(電撃文庫、630円)は、囲われて生きながらえている己が状態への懐疑をもたらす物語。レギオンと呼ばれる謎の生命体によって侵略された人類は、地球の各所にクリサリスというドーム都市を築き、そこに閉じこもって生きながらえていた。

 レギオンの侵略は続いていたけれど、葬花少女とよばれる異能の力を持った少女たちが戦って、クリサリスにいる人類を守っていた。美しい姿態で宙を駆け力を振るってレギオンを倒す葬花少女は、住人たちにとってアイドル的な存在で、何人もいる葬花少女たちのそれぞれにファンもいて、レギオンと戦う姿には観客から喝采が飛ぶほどだった。

 その日も東京クリサリスに暮らす葛見という高校生の少年が、タンクローリーの事故に巻き込まれた運転手を助けようとしていたところにレギオンが現れ、誰もが近寄りがたい恐怖を感じていたところに、葬花少女たちが出動して来てレギオンと戦いこれを退ける。その中には葬花少女隊の中でもトップクラスの人気を誇るアイリスもいた。

 そして登校した学校で、葛見は学校に現れたアイリスに危険を顧みないで救助に当たろうとした姿勢を誉められ、その勇気を認められて、クリサリスに侵入したレギオンを倒す協力をして欲しいと依頼される。誰もがあこがれるアイドルからの頼みとあって、誇らしげに思う葛見。もっとも、葛見とは幼なじみらしく、いつもお弁当を作って持って来てくれる春野という同級生の少女は、アイリスになびいてレギオンと戦おうとする葛見にいろいろと感じるところがあった。

 それでも気にせず、世界の人類のためと信じてアイリスに協力し、やがて現れたレギオンに銃を向ける葛見。正義は立派に遂行された。そう思った。けれども違っていた。世界を救うための戦いではなかった。

 いったいどういうことだ? そこがこの「軋む楽園の葬花少女」という物語の最大の特徴であり興味深さ。楽園が軋むというタイトルに沿うように、ガバッと足下をひっくり返されるような驚きあって、そこから困難に立ち向かって進んでいく少年と、それを助け導こうとする少女による、人類の命運をかけた壮絶な戦いに浸っていける。

 読み終えて浮かぶのは、人類にとって、あるいは葛見にとって幸せなのはどちら立場なのか、ということ。守られているのだとしても、囲われているに過ぎないとしても、その生命は補償されて未来すら与えられている。過去への思いは残っていて、それがようやく解消されようとしているのだとしても、そこにすがるより大きな可能性が一方には存在している。

 過去に一切のこだわりがなかったら、葛見はどちらを選んだだろうか。彼に提示された可能性には、とてつもなく一途な思いが乗っている。見た目への抵抗はあっても、通い合う心が乗り越えさせるかもしれないと思えば、受けて決して悪いものではないような気がする。

 もっとも、葛見の過去にまつわる諸々が、クリサリスにいる大勢の人類たちの中にあって、葛見の行動や見識を特別なものにしていたと言えなくもない。だとしたら葛見が選ぶ道は、やっぱりひとつしかないのかもしれない。人類とともに戦い生き延びるという道しか。

 いったんの集結を見たものの、新たな力を得て立場も得た葛見の戦いはこれからも続く。レギオンの正体やその目的など、まだまだ謎めいたところも少なくない。人類の五感を操作して従属させる高度なテクノロジーを持った敵。そんな脅威と戦いながら、完全なる勝利を得られる時まで、葛見と葬花少女たちは進んでいくことになるのだろう。その行方を、帰結が訪れるまで見守りたい。


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