簡単なンケートです

 これは読者参加型のアンケートだ。まずは24本のショートフィルムと称する短いエピソードを読め。こんな感じのエピソードだ。読んだら面白い順に番号を割り振れ。大変だけれどやり通せ。


 ファイル01 最近流行りのコンピュータウィルス

 コンピュータウィルスが美少女でメイドでくノ一で、パソコンの画面から出てきたような姿で媚態を見せて泣き落としもかけて、削除されないようにユーザーに頼んでどうにか譲歩を引き出したところに現れたのが委員長タイプのウイルスソフト。さあどっちを選ぶ? なるほどなかなかに身に迫る。

 ファイル02 お気軽にご相談ください

 婚活サイトに『エルフ、お姫さま、色白、金髪、見た目はロリでも不老不死、ババア言葉、なんか偉そう、でも家事はできる、魔法とか使える、怒ると最強、この世のあらゆる勝敗を管理するチート能力満載』と条件を書いたら、そのとおりの奴が現れた。嬉しいのか、そうじゃないのか。ちょっと冗談が過ぎたかも。だからといって逃げられず、そして彼は英雄となる。でも悪い条件ではないよね。中身はともかくロリで最強なんだから。

 ファイル03 手段は問わない

 アンダークロー52、という数字について知っているはずだと尋問される女性は知らないと言い張り、尋問者はやがて女性に理があると思うようになるけれど、それは本当なのか、女性に騙されているのではないのか。哲学的で深淵。難解だけれど考えさせられるエピソード。

 ファイル04 忍法スリープダイバーの術(C)

 伊賀と甲賀で忍者たちが秘密道具の開発競争。最前線に立つ忍者にこそ最高機密の道具が与えられるという矛盾を指摘している点が愉快。メタマテリアルの屈折表面とかテクノガジェット満載なのも良い。ところでメタマテリアルって何なんだ。

 ファイル05 新手の詐欺にご用心

 これが萌えかと聞かれて、これはビッチだと答えたりする外国人どうしの会話とはまるで無関係に、女子大生が先輩ながらも留年をして学年が下になった男性と会話中。路上喫煙してはいけないと指摘し罰金を徴収する詐欺があるから要注意といった事例を並べたサバイバルブックを買ったから安心と話す男性に、その本自体が嘘情報満載の詐欺本じゃないかと突っ込む女子。生きるって難しい。

 ファイル06 385D

 385Dに支配された僕。けどそれって本当のことなのか。違うと言われた。でもそうかもしれない。385Dって何なんだ。トマス・ピンチョンの「競売ナンバー49の叫び」に負けてないかもしれない文学。極めて文学。超文学。

 ファイル07 快適なキャスケットを貴女に

 完璧な棺桶というかベッドを要求してくる妖精さん。山ほどの注文に応え収めたら、どうやら歯医者が苦手だったという。クレーマーには注意しろ。それが美女でも。妖精でも。

 ファイル08 目詰まりしている時間鉱脈

 レンタルビデオの滞納料金を気にしている男性の仕事は、時間鉱脈とやらの取り扱い。雁字搦めの隙間を縫って、動かせる過去に干渉することで、失われるはずの資源を保って今の資源を増やすという。興味深いアイディア。けどそれすらも切迫して来た。男は未来を救えるか。そんな先が描かれるならとてつもないSFになる、かもしれないエピソード。世界が滅びた方が、レンタルビデオの滞納料金を払わなくても良くなるけれど。

 ファイル09 地獄の沙汰も札束次第?

 やさぐれ坊主が作った私設地獄にやって来た少女は、罰として「お尻ぺんぺん、100回」を言いわたされて激怒。っていうか何で自分が地獄に来なければならいのかを突き詰め、冤罪めいた事態を指摘する。満杯の公設地獄に変わって置かれた私設地獄って面白そう。行ってみたくはないけれど。

 ファイル10 運命は矢印の形をしている

 宇宙人の恩恵によって進む道が、矢印の形とその色で示されてしまった人間たち。ナイスバディで憧れの先輩さんについていきたいと思っても、先輩へと向かう矢印ホラーでミステリアスな黒い矢印。もっとも、彼女の方から彼に向かう矢印は蛍光ピンクのラブコメディで、彼女は彼と共に進みたがる。そんな彼女の意志を受け入れ、男はホラーでもスプラッタでも構わないから、黒い矢印の道を選ぶべきなのか。選ぶべきだよ。そんな決意を促す物語。

 ファイル11 借金のカタに少女がやってきました

 祖父が貸した金のカタに大金持ちの家の娘がやってきた。なぜってそういう契約だったから。逃げずにやってきたものの、食事も暮らしも以前のような贅沢な要求をする彼女を、それでも契約だからと追い返せない少年にさらなる追い打ち。羨ましいけど羨ましくないけどやっぱり羨ましい気もする物語。

 ファイル12 怪盗仕込みのサンタクロース

 サンタクロースを決して寄せ付けない鉄壁のガードが施された少女の家に、どうやって忍び込むか。サンタクロースは美女のトナカイ2人を傍らに思案する。サンタクロースに来て欲しいという少女の願いがそこにある限り、例え厳重なセキュリティがあっても、サンタクロースは必ず現れ、少女にプレゼントを渡す。それが本物のサンタクロースという奴だ。プロフェッショナルのサンタクロースだ。格好いいなあサンタクロース。可愛いなあトナカイたち。

 ファイル13 試しにちょっと覗いてみましょう

 地獄を覗いたらリゾートだった。神の命じるままに地獄を地獄のようにするなんて、神のいうことを聞かない悪魔がやることじゃないというのがその理由。そんな地獄だったら行ってみたいと思う心に神がささやく。相手は悪魔だぞ。ショートショート。実にショートショート。まるで星新一。こういうのも書けるんだ。

 ファイル14 人面シリーズはいかが?

 完璧なアンドロイドは作れなかったけれども、パーツパーツを人間に迫るものにできる技術が広がった世界。味を確認する唇がついたおたまとか、温度を感じ取ってくる人間の皮膚がはりついたフライパンとか、普及しているビジョンはそれって可愛いの? そしてそんな便利な家電や道具が普及した世界。人間の役割って何? ロボットはひたひたと人間たちを怠惰にして、支配しようとしているのかもしれない。SFだなあ。

 ファイル15 本物より良くできています

 テレビ屋が作る完璧な血糊がもっとも使われた場所。そこで起こった事件。血糊は何のために使われていたのか。ああミステリアス。

 ファイル16 伝説の語られる方

 鎧にスカート姿で魔王を追いつめた女勇者。立ち向かうのは山羊の角にコウモリの翼に尻尾も生やした革衣装系幼女の魔王。なんだそりゃ。戦うのを嫌がるのは魔王ばかりではなくてモンスターたちも同様で、魔王に対して社会保障を充実させろと要求。そうやって積み重ねられた魔王の王国があるからこそ、勇者は挑んでそれを破壊し英雄になれるのだという連鎖。魔王って大変。やるならやっぱり勇者が良いな。

 ファイル17 パレットに属性色を

 100円を落としたら巡り巡って恩返しにスーパー女教師ツンデレ幼なじみ小動物系軍服ゴスロリ家庭的ミーハーアサルトメイドがやって来た。どんなんだ。そんなスーパー女教師ツンデレ幼なじみ小動物系軍服ゴスロリ家庭的ミーハーアサルトメイドの因業までも押しつけられて、目の前で始まったネコミミイヌミミウサミミクマミミサルミミサイミミウシミミネズミミミパンダミミコアラミミトナカイミミカンガルーミミゴスロリ少女との戦いは、属性の重ね合いとなってそして起こった意外な展開。過ぎたるはなお及ばざるがごとし。足るを知ろう。

 ファイル18 料理人鯉太郎の飽くなき挑戦

 江戸前の寿司職人として高い評価を受けている鯉太郎が、関西弁の女性研究者から受けた依頼は、地球に現れた魔獣たちへの対応。人間より美味いものを奴らに食わせて、人間を襲わせないようにするために、彼らの味覚にピッタリと合う江戸前の寿司とやらを編み出すことに。ようやく完成したそれは? 食いたくない。作りたくもない。でもそれが世界を救うなら。料理人って大変だ。

 ファイル19 規格の統一化が急務

 反旗を翻した巨大ロボットたちを相手に、バイク乗りやら5人1組の全身タイツやら魔法少女やらが相手は誰がするべきかとたらい回し。洋物の全身タイツも現れなお混乱が続く中、三流大学出二流商社勤務の45歳、万年係長が立つ! 正義も悪もジャンル分けはやめないと、いつか大変なことになる。そう諭してくれるエピソード。

 ファイル20 お賽銭あれこれ

 修学旅行に行ったからといって、むやみやたらに賽銭なんかあげると大変なことになるからね。地元の氏神のコノハナサクヤヒメが、どうして浮気するんだと泣きわめくし、賽銭をもらったクシナダヒメは勝ち誇る。隣に住んでた犬神の飼い主は白い眼で見るし、さらにいろいろついて来た神様たちが起こす大騒動やいかに。美人の神様たちにもてるんなら良いじゃん、とか考えちゃいけないのかな。それは余りに不遜かな。

 ファイル21 ロマンティックな花言葉を考えましょう

 異世界から送り込まれた巨大な食虫植物に見合った花言葉を考えましょう。間違えれば食われます。さあ。

 ファイル22 世界で一番楽しい授業?

 マイクロビッグバンを作ります。それはとんでもないことでは? 大丈夫です。本当に? そして試して結果を見て。視聴者は王様だという至言。噛みしめたい。

 ファイル23 今度の氷河期は本物です

 あらゆる才能がアプリの操作によって身につけられる現代に、企業が新しい人材なんて採用する訳ないよね。だから大卒の就職成功率は脅威の0・005倍。これってどういう数字なんだ。それでも年々人は歳をとる。採用だってあるだろう。その際に決め手となるものは。アーティスティックなひらめきか。そんなものはAIが代替できる。結論。顔。そしてコミュ能力。勉強するより語学を学ぶより遊んでネットワークを広げて顔立ちを整えなさいというご託宣。実は今だってそんなものだよ。

 ファイル24 人知を超えない程度の強敵の倒し方

 トロルが増えてこれをどうにかしたいけれど、討伐するのは金がかかるから民間が自然にそうするようにし向けたい。トロルの胃袋から出る胃液は酸が強くて薬品になる。そうかそれならと世間がトロルを狩るかというと、生け捕りにして吐かせて野に放つ民間。そして地にはトロルが満ちる。下手な考え休みに似たり。人の浅知恵など集団の欲望にはかなわないと知れ。


 以上。ここから大きく広がりそうなネタを持ったエピソードがある。ライトノベルやファンタジーの構造を、メタ的に現したようなエピソードもある。ショートショートとして完成度の高いエピソードもある。あるいはホラーとしても。それらをショートフィルムと称してぶちまけたさらに先に、鎌池和馬は「簡単なアンケートです」(電撃文庫630円)でショートフィルムを見てつけた順番から、心理学的なチャートを作って4人のキャラクターが相対するような展開にして、その4人に別々のエピソードを繰り出してみせる。

 4人それぞれに異なった展開にしつつ、ショートフィルムを見せたという教授の存在を幻想にしつつ、13歳くらいで白髪の少女をうごめかせてみせる。どんな展開になっているからアンケートの結果次第。そこから自分の行く末に待つ謎を占うもよし。4つを全部読んでどういう差異をつけているのかを探るも良し。いずれにしても、鎌池和馬という作家の、とてつもないポテンシャルが浮かび上がってくる。

 超がつくベストセラーの「とある魔術の禁書目録」や、だんだんと認知度を上げているSFストーリー「ヘヴィーオブジェクト」といったシリーズを抱え、それらを出せば確実に売れる作家であるにも関わらず、シリーズとはまるで無関係の1冊を、ここまで苦労して世に問う凄さ。そこに綴られたエピソードのひとつひとつの珠玉ぶり。この1冊に示された鎌池和馬の真髄に、驚きとともに畏れすら浮かぶ。いつか彼ひとりにライトノベルの、SFの、ファンタジーの、ミステリーのすべてを持っていかれる時が来る。そんな可能性に震えて眠れ。


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