神様は勝たせない

 サッカーを通してサッカーを語り、サッカーを通して恋愛を語り、サッカーを通して家族を語り、サッカーを通して人生を語る。白河三兎による「神様は勝たせない」(ハヤカワ文庫JA、640円)は、そんな小説だ。

 中高一貫校の中学校にあるサッカー部は、それほど強いわけでもないし、全国を狙って選手をスカウトしている訳でもない。それでもやっぱり1度くらいは大きな大会に出てみたいと思いっている。とはいえ3年生にとって残る大会は首都圏大会だけ。そこに出るには目の前の県予選を勝ち抜かなくてはならない。

 だから絶対に勝つんだと臨んだ準々決勝でPK戦となり、相手が2人決めてこちらは2人外してしまったというせっぱ詰まった状況を端緒に、ゴールを守っているゴールキーパーと、チームの女子マネージャーと、軟派なディフェンダーと、万年ベンチのユーティリティプレーヤーと、エースストライカーと、天才肌の司令塔のエピソードが連作的に重なり合い、関わり合いながら描かれていく。

 ゴールキーパーの潮崎隆弘は中学生にしては背が高く、それを活かせるバスケットボール部に入ろうかと考えていたところ、サッカー部の監督から背が高いプレーヤーはゴール下でポストばかりやらされると聞かされ、サッカーをやってみないかと誘われ入って、そこでゴールキーパーを任される。

 最初の頃は未経験だから自信が無いと嘆いていたものの、女子サッカーでGKの経験があった女子マネージャーの広瀬はるなに叱咤され、知識を教えられ特訓まで受けてどうにか正ゴールキーパーへと成長し、今はサッカーこそが恋人とばかりに熱血的にのめり込んでは、最後列から選手を怒鳴り導くキャプテンとなっている。

 そんな広瀬はるなは、潮崎を半ば教え子として最初は思いつつ、だんだんと恋情も育んでいったりする、その一方で小学生の時に所属していた女子チームで、ひとり熱血してしまって仲間たちから浮いた過去に縛られ、高校に進学してもマネージャーを続けるか、それとも再燃したサッカーへの思いを果たせる場所を探すかで迷っている。

 顔立ちが良く女性にもてるディフェンダーの真壁芳樹は、チャラい性格に見えて実は男勝りと評判の広瀬はるなが好きだけれど、彼女からは誰か別の人が好きだと聞かされ、思いのベクトルが重ならず向かい合わない中で、最後の大会を迎えようとしている。広瀬はるなも真壁芳樹もともに抱く、この大会に敗退したら告白するという決心。だからといって相思相愛が生まれるとは限らない難しさ。青春模様が浮かび上がる。

 男子でありながらどこか中性的で、広瀬はるなとチーム内でも1番口を利く宇田川定史は、GK以外ならどこでもそつなくこなせるユーティリティプレーヤだけれど、絶対に巧くなって何が何でも勝つんだという熱に乏しいのを監督に見抜かれ、試合にはよほどの場合でなければ出さないと言われてしまう。

 もっとも、必要な時があるから常にベンチにいてくれとも言われ、万年ベンチがほぼ確定しながらもチームに止まっては、選手が怪我をすれば出られると思って、怪我をしそうなプレーをしている奴はいないかと、ちょっぴり腹黒い感情も抱きながらベンチで戦況を見つめている。結果として高い観察眼を培わせることになって、宇田川を後に選手ではなく監督としての道を歩ませることになるけれど、それはまた未来の話。

 そしてエースストライカーの阪堂隼人は、チームの監督が父親で、それによって贔屓なんじゃないかといった周辺が抱く感情を払拭するため、ストイックになり過ぎる傾向がある上に、母親が事故で死んだ時、父親がチームを優先させたことにわだかまりを抱いていて、そこにもっとシリアスな事件が重なって、チームの仲間や監督との関係がぎくしゃくする。

 そして天才肌の司令塔、鈴木望ははその人生に大きな秘密があって、そのことがチーム全体を迷わせ自身も悩ませる。6人がそれぞれにサッカーなりスポーツをすることを真剣に考え、自問したりプレーで体言しようとしたりする心情や姿勢が、読む人にサッカーなりスポーツの奥深さというものを感じさせる。

 ただ立っているように見えて、ゴールキーパーは相手選手との心理の読み合いに余念がないし、天才肌の司令塔はちょっとしたメンタルの揺れがプレーに現れてしまう。エースストライカーのやる気を殺ぐには密着マークをすれば良いし、観察力さえあれば誰がどんなプレーを得意とし、どんなプレーが苦手かも見えて試合に活かせる。読めばサッカーというスポーツの奥深さが見えてくる。

 と同時に、少女がどんな少年に恋心を抱くのかといった心理や、たとえ男勝りと世間に思われようともそんな少女に惹かれる少年がいるという可能性、14歳離れた女性でも格好良ければ好きになれるという少年の恋心の多様性に、熱血で真面目な男性がそれでも道を踏み外す瞬間があるという指摘など、人間ならではの揺れる感情や沸き立つ恋情の存在も描かれる。アスリートだって人間なんだと分からせる。それぞれが抱えた悩みに直面しながら、サッカーの試合を通してひとつ、進む道を決めようとする選択が、自分ならどうするだろうという意識を芽生えさせ、迷う気持ちに指針を与える。

 そして、仲間がいるということのすばらしさも教えてくれる。口やかましいゴールキーパーに男勝りの女子マネージャー、軟派なディフェンダーにクールな万年ベンチ、頑固なエーストライカーに悩みなどなさそうな司令塔。重なるようなところはないのに、同じチームでサッカーに関わっているということが結束を抱かせ、ひとつ目標に向かって歩ませる。

 それはサッカーに限った話ではない。欠点もあるけれど長所もある人間を、退けるのではなく認めることによって生まれる強い力の凄さを感じさせてくれる物語。サッカー好きも青春ストーリーに浸りたい人も、読んでそこから学び取りたい。サッカーの面白さ、そして人生の素晴らしさを。





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