殻都市の夢
Hallucination from the womb

 スレンダーな肢体を持った美しい少女たちの、痛々しくも可憐な様を描かせて、当代一の漫画家を選ぶとしたらいったい誰になるのだろう。okama、という声が挙がるのはなるほど道理。アダルト向けのコミック「めぐりくるはる」(ワニマガジン社、505円)に登場する少女たちは、皆スレンダーで見目麗しく、そして皆激しくも痛々しい日々を送っている。

 そんなokamaと双璧を成す漫画家がいるとしたら、鬼頭莫宏をおいて他にいない。「ヴァンデミエールの翼」に「なるたる」と、いずれもスレンダーで美しい少女たちが現れては、日常とは異なる過酷な日々を生き、あるいは命を失っていた。

 そしてここに登場した「殻都市の夢」(太田出版、650円)もまた、スレンダー美少女たちがさまざまな形で虐げられつつも、精一杯に生きて幸せをつうかもうとする様が描かれていて、心深くを打ち揺さぶられる。絵柄は独特きわまりないokamaと違って、まだ漫画的な美を持つ少女たちが描かれる。それだけに受ける衝撃にも、より激しいものがあって身を引かせる。

 都市に都市を積み重ねてできたために、奥へと向かえば廃墟に近づく「外殻都市」が全編を通じての舞台。そこに働く女性と男性の警察関係者の目を通して、少女たちを襲う過酷な日々のドラマが描かれる。

 例えば。都市の片隅にうち捨てられて、餓死寸前だった少女がひとりの青年に助けられるエピソード。3年の余命という病にかかっていた青年は、病を少女へとうつし、ともに限られた時間を過ごすことを選ぶ。やがて青年は発病して死に、程なくして少女にも病が忍び寄っては彼女から残りの時間を奪い取る。

 けれども少女が青年を恨むことはない。まさに死の淵にいた彼女を助けたのは彼。あと3時間も保たなかっただろう命をつないだのは彼。その彼が3年の伴侶に選んでくれた喜びを胸に少女は先に逝った彼を追う道を心から喜んで受け入れる。

 彼女を助けたのは青年のエゴなのかもしれない。けれどもそのエゴこそが少女にとっては喜びの糧だった。与えられた時間は3年でも、その3年に得られた濃密な時間はただ助けられ与えられる何十年よりも、貴重なものとして永遠に少女を満たしたに違いない。故に青年のエゴではない。時間は誰にも等しく流れるものではないのだ。

 娘のクローンを作っては殺す男の話。死んでも半ばゾンビとなって妻のもとへと還る男の話。街の倒壊を予知できる少女の話といずれも滅びかかった都市、消えかかった命の中で精いっぱいの幸せを探ろうとする人たちの物語。ほとんどの物語に痛々しくも美しく、儚くも麗しいスレンダーな美少女たちが現れては、男たちの官能を満たしつつ、暗澹とした未来の向こうへと人々を導き振り回す。

 架空のマンションにキャラクターたちをを適時適宜に投入しては、その住人たちが生活を営んでいく様を眺めるゲームの開発者が、壁を透明にして外から眺められるマンションのような構造体を実際に作っては、そこに誘拐して来た少女たちを放り込み、生活を営んでいく様を眺めていた青年の話が興味深さでは1番だ。

 最初はさらわれて新たに加わる少女の面倒を見て、コミュニティを営んでいた構造体の中の少女たちだったが、やがてちょっとしたことで諍いを始め、遂には流血の事態を引き起こす。悩み苦しんだ開発者の青年は、構造体を壊して少女たちを解放する。閉鎖された空間が少女たちを狂わせたのだと思って。

 男性が少女というものに抱く幻想というものが木っ端みじんにぶち壊されるエピソードは、なるほど確かに衝撃的だ。3次元はだから怖いと、男たちを2次元の世界へと追い込みかねない。okamaの、そして鬼頭莫宏の描くスレンダーな美少女たちを、愛でたしなむ境地へと。

 けれども。鬼頭莫宏が「殻都市の夢」に描いた少女たちは、見た目は痛々しくも可憐なであっても、内奥には強い意志を持って歩んでいる。3年の余命を受け入れた少女もそう。クローンとして殺される運命に翻弄されていた少女もそう。男の欲望に諾々と従うことなどせずに、己が主義を貫いてその身を処す。

 思えばokamaも見た目はスレンダーで痛々しいが、行動は激しい少女たちを多く描く。鬼頭莫宏も同様。すなわち2人はスレンダーで可憐で強靱な少女を描く、当代一の漫画家たちということになるのだろう。

 2次元も3次元も怖さでは同様。だったら男はどこに己の欲望を向ければ良い?


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