13

 この地上で2カ所、色彩の最もあふれている場所を選ぶとしたら、1つはアフリカの密林ということになるだろう。生い茂る草木に咲き乱れる草花。動き回る動物たちに飛び回る虫たちの、それぞれが生まれながらの色を持つ。大地は明けの光に染まり、灼熱の焔に照らされ、夕べの雨に打たれ、宵の月明かりに映えて、24時間365日休む間もなく極彩の天然色を放ち続ける。

 そしてもう1カ所はアメリカ、富と名声を求めて人々が群がる光の都、ハリウッドこそが相応しい。およそ世界に存在する、あらゆる場所の、あらゆる時の、あらゆる人々の営みを結実させたフィルムの裏から照らされる光によって、世界のあらゆる色彩が、白灰色のスクリーンに映し出される。途絶えた光に暗闇を立ち上がり、1歩劇場の外へと出れば、そこには文明の作り出す人工の色彩が、街を包み込み、ネオンを輝かせて空を染める。

 極彩色の密林は、その色を放ち続けるが故に、人に過酷な試練をもたらす。獣たちの牙。虫たちの病。行く手を阻む草や木や花。それらを人々は畏れ敬ってきた。密林が人の交流を阻み、すれ違いが憎しみを育んで、戦いを生み出すこともある。天然の色は、ちっぽけな自然である人間の都合などおかまいなしに、超然として永遠にその色を保ち続ける。

 ハリウッドの人工の色は、描かれた物語によって観る者に夢を与える。作る者に富と名声をもたらす。いつかは醒める夢。いつかは失われる富と名声。けれどもそんな束の間の夢を求めて、ハリウッドに人は集まる。

 永遠の過酷と束の間の夢の、そのどちらも見たことのない目に、どちらを正しいと断定など出来はしない。だから今は、古川日出男が「13」(幻冬舎、1900円)で紡いだ物語の中で、2つの色彩が溢れる場所を経て、青年がやがてたどり着いた場所から送る色彩のメッセージに目を向けて、語られる色彩の真実を感じ取ることに務めたい。

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    生まれながらにして片方の目のみが色弱だった少年・響一。けれどもこの事が、見えない色を彼に見させる能力を育ませ、こと色彩に関しては、常人のはるかに及ばない鋭敏な感性を彼に与えることとなった。中学で美術教師にその才を認められた響一は、従兄の関口に連れられて中学卒業と同時にアフリカのザイールへと渡る。1カ月だけともに暮らした、ザイールの奥地から来た少年を通して感じた密林の色彩をその目に捉え、その手に掴むために。

 そのザイールでは、密林に暮らす民など実はごく希で、大勢は森を開いて畑を耕し、日々の糧を得ていた。農耕の民にとって密林は、精霊の棲む畏るべき場所でしかなく、極彩の色とは対照的な過酷な自然を敵視して、密林に暮らす民をも悪霊と見なしていた。ローミと呼ばれる少女が生まれ育ったのは、そんな農耕を糧とする村の副首長の家だった。

 幼い頃にローミは、森でフランス外人部隊の生き残りを見た。長年の隠遁生活で肥大した信仰心が、外人部隊の生き残りとしてローミを天使ガブリエルの再臨と見さしめた。いっぽうローミも、初めて見る白人に惹かれ、しばらく通い詰めた挙げ句に片言のフランス語を覚えた。それが村でローミを異言の持ち主と見さしめる事となって、ローミをカリスマの道へを誘うことになった。

 響一は密林で多くの色を手に入れ、自らの色彩への感性を研ぎ澄ましていく。遭難し、密林でさまよい毒キノコを食べた挙げ句に見た光をも自らに採り入れて、新しい色彩作りに情熱を燃やす。ローミは密林へと挑む聖母としての役割を部族より押しつけられ、自らの精神を2つに分け、カリスマ然とふるまう「13」という人格を作り出す。

 色彩への憧憬が響一とローミ(あるいは「13」)の運命を一瞬だけ交差させる。しかし相容れることのない運命が2人を引き離す。神を体験させて人々から垣根を取り去る色彩を求めて、世界を彷徨う長い旅へと響一を押し流し、聖母として傅かれ、民を導く地位へとローミ(しかるに「13」)を押し上げる。

 やがて神の映像を手にした響一は、ハリウッドへとたどり着き、映画を通して神の映像を世界に向けて送り出そうとする。やがてカリスマの地位を失ったローミは、子供とともに密林の奥へと逃れ出て、神の宿る風景を見る。虚像と実像が空間を超えて交信し、世界を1つのカンバスの上に描くための第1歩を書き記す。

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 ザイールを舞台に、密林に棲み続けて狩猟を行う部族と、森を拓いて農耕を行う部族とに別れて暮らす人々の、憎しみ合う様を描き、一風変わった少年が、嫉妬と羨望の中で身をひそめながら才を育む姿を描き、絶滅の危機に瀕しているピグミーチンパンジーを救おうと、懸命になるサル学者たちの姿を描き、さまざまな偶然が重なり合って、普通の少女ローミが聖母へと奉られていく姿を描いた第1部の、圧倒的な物語性に驚き、感動する。

 一転して第2部は、南米で再会した響一と従兄の関口の姿をとらえ、ハリウッドを舞台に色彩をモチーフにした1本の映画が作られようとするプロセスをとらえ、聖母となったローミがあることをきっかけに、その神性を譲り渡す様をとらえ、それらの場面をめまぐるしいカット割りによって、淡々と伝えている。

 世界の崩壊を目の当たりにした少年と、与えられた運命から逃れられない少女の、それぞれのその後を描きつつ、やがて訪れる再会に向けて、エピソードを積み重ねていく長大な大河物語を、本当は試みたかったのだという残念な思いを、第1部と第2部のあからさまな差異が、読者に感じさせるかもしれない。けれども、前半の物語で明示された社会的・宗教的、政治的・文化的なテーマが、南米・アフリカ、米国・アジアとめまぐるしく舞台を変える第2部で、次第に解きほぐされていくドライブ感も、決して居心地の悪い者ではない。

 ハリウッドの人工の色彩が、神を体験させる映像へと発展し、ザイールの天然の色彩は、すべてを失った少女を優しく包み込む。そして読者は、フラッシュのように瞬きながら呼応し合う、ハリウッドの人工の色彩とザイールの天然の色彩が、やがて1つに重なり合うエンディングの一瞬に垣間見える、神の色彩によって安らぎを与えられるであろう未来のビジョンに、すべてを託してそっとページを閉じるのだ。


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