ジャストボイルド・オ’クロック

 あっけらかんとした中に酷薄さが潜む「悪魔のミカタ」のシリーズで尖ったファンを多く作り、ハードカバーのファンタジー「シフト」で差別への憤りを抱く真っ当な精神の持ち主たちから共感を得たうえお久光。書くもののすべてが広く影響力を発して来た、そのうえおお久光の新シリーズ「ジャストボイルド・オ’クロック」(電撃文庫、590円)は、アニメーションと神林長平と戦隊ヒーローシリーズと、そして身の回りにある家電をこよなく愛する人々を、招き共感を抱かせ永遠のファンへと引っ張り込むだろう。

 時はおそらく未来。舞台は憎悪ばかりを膨らませる人類が、いったん滅亡しかかった後に「マザーB」なるコンピュータによって管理され、再生された惑星。山本弘の「アイの物語」(角川書店)に示されたビジョンにも重なる世界では、人類の頭の中に珪素脳という謎の臓器が発生して、そこから生み出される”家電”とペアを組まされることを、半ば強制されるようになっていた。

 ”家電”を失った途端、ガラス化してしまうらしい人類は、知能を持った”家電”と共生し、常にリンクすることで生きている。一方で珪素能から生み出された”家電”もまた、掃除機だったり冷蔵庫だったりバズーカだったり電磁刀だったりと様々な形を取り、能力を発揮しながらも日常的には人型になったり、猫型になったりタコ型になったりしつつ、人間に寄り添い存在を続けている。

 そんな世界に国家はなく、さまざまな企業がサービスとして統治する街の単位の連なりで構成されていて、人々はそのサービスの善し悪しを判断しながら移り住んだり、他の街へと出ていったりしていた。時折犯罪も起こり、住民たちを不安がらせていたが、企業はそんな不安を取り除いてずっと住んでもらい税収を得るべく、ヒーローチームを組織して正義の味方よろしく出動させては、悪の組織を退治して住民の喝采を浴び、安心を誘っていた。

 主人公のジュードもかつてはそんなヒーローの1人として大活躍していた。しかし同じヒーローで双子の弟を殺害した容疑でチームを放逐され、街も追い出され、今は別の街へと移り住んで目覚まし時計の”家電”らしいアルという黒猫といっしょに、しがない探偵稼業を営んでいた。

 そんなジュードに舞い込んできた依頼が何と、かつてジュードが所属していた企業に新たに組織されたヒーローチームのリーダーからのもの。奇妙なナノマシン・ウィルスが拡散していて、それを開発した人物を探して欲しいというものだった。受けるジュード。しかしその前に現れたのはヒーローチームを狙った恐るべき犯罪、そしてその彼方には憎むべき”敵”が待ち受けていた。

 人類が滅びてから、コンピュータによって管理され復活した世界というベースとなる設定に、人間が珪素脳を通じて”家電”とリンクしながら生きているという設定が乗り、醸し出されるサイバーパンク的な雰囲気の上で、探偵による謎解きというコミカルさとハードボイルドさの入り交じったストーリーが繰り広げられる。そこにヒーローとは何かというテーマが乗り、さらに人工知能が示す感情とは、愛と憎悪の違いとは、といった感じにさまざまなテーマが重なって、読む者に様々な思いを抱かせる。

 最初のうちは、そのように輻輳した設定を理解するのに骨も折れるが、読んでいるうちに何とはなしに世界の情勢と、キャラたちが置かれた状況が浮かび上がってくるから心配無用。何より小難しい設定など踏みつけて屹立する、白いスーツに白いボルサリーノのジュード、ならぬジュウドウ・アカノの立ち居振る舞いの実に格好良さに昂揚感を煽られ、物語へと引っ張り込まれる。

 捨てたトレンチコートを引っ張り出しては身にまとい、弱いようで臆病のようで、実はその内に秘めている優しさと悲しみと類希なる正義の心が発動する時、世界は救われ読者はその復活に心の底から歓喜させられる。

 冴えないヒーローと猫型家電の関係は、神林長平のライフワーク的なシリーズ「敵は海賊」のラテルとアプロにも重なる。コンピュータを搭載した宇宙挺「ラジェンドラ」にも似た存在も仄めかされている部分も共通性を感じさせる。一方でトレンチコートやらスーツやソフト帽といった、レトロフューチャーなファッションで繰り出されるアクションのビジョンは、テレビアニメーションの「THE ビッグオー」にも通じる外連味がたっぷり溢れている。

 そういえば「ビッグオー」のヒーロー・ロジャーには無口なアンドロイドのヒロイン・ドロシーが付いていた。こちらのジュードにもアンドロイドではないけれど、冴え冴えとした発言が末恐ろしい11歳の探偵見習い美少女・ミカルが付いている。謎の美女エンジェルに匹敵する役所のレイディ・ドラゴンって女ボスまでもいる。

 ともあれ様々なことを感じさせられながら、ついつい最後まで一気呵成に読ませられる物語。「マザーB」の正体や、世界が誰かの手のひらの上で踊らされている雰囲気など、掘り進んでいけばいろいろと明らかになって行きそうな設定が背後にあって楽しめそう。何より決着の付かなかった”敵”との戦いが、本格化していった暁に繰り広げられる善と悪、白と黒という表裏関係にある者たちによる、自らの存在意義を存在をかけたバトルの帰結に興味を惹かれる。

 もはやここで留めることはかなわない。続編は必須。おそらくは描いてくれるだろうが、そうでなかったのならSFに造詣の深い出版社、アクション小説に興味を持つ出版社は権利を奪ってでも、うえお久光を引っ張っては、「ジャストボイルド・オ’クロック」の続きを書かせるべきだろう。さすれば世界が感謝する。圧倒的なエンターテインメントを世に残した栄誉に対して。


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