新宿少年探偵団怪人大鴉博士


 どうやら世間には「奇縁」とういものがあるらしい。「運命」と呼ぶほど大げさなものではないにしても、巡り合わせとか出会い頭とか、そんなもろもろの偶然が重なって、あらかじめ決められていたかのごとく、事態が進むことがままある。

 太田忠司さんのホームページには、以前からよく出入りしている人のホームページを見ていて、偶然たどり着いた。以前からその名前は見知っていたし、気にはなっていたが、積極的に読もうという感覚には、なかなか囚われずにいた作家だった。それが、インターネット上に開いているホームページを見つけたことで、他の幾百人、幾千人もの作家のなかで、その存在が1頭抜けたものとなってしまった。

 そして太田さんのプロフィールを眺めていて、その存在をはるか高みへと押し上げるような発見をしてしまった。出身高校が自分と同じだったのだ。毎年何百人もの生徒を名門大学へ送り込むような進学校ならば、小説家として名をなしている同窓生を見つけることもた易いだろう。しかし自分でいうのもなんだが、太田さんや私が卒業した学校は、進学校でもなければ名門校でもないごく普通の学校で、過去に著名人を輩出したという記憶も、これから著名人を輩出しそうな予感もなかった。

 ハマっているインターネットで見知った名前の作家を見つけてその出身校が自分と同じ。さらに氏は生物部部長、自分は地学部部長という「華麗なる」経歴を持っていたという事実を知るにいたって、もはや私は太田さんの読者となるべく、決められた「奇縁」のもとに生まれてきたのだと確信するに至った。

 とまあ、怪電波モノと誤解されかねない記述はおくとして、出身高校が同じというのは、過去に読んだことのない作家の作品を手に取らせるきっかけとしては十分だろう。ただし、当該の人物が、何冊も何十冊も本を出している作家だったとき、後々までもファンとして声援し続けるか、1度限りの「奇縁」として忘却の彼方へと追いやるかが、最初に手にとる著書によって大きく左右されることに、注意しなくてはならない。

 太田さんの場合、何人もの探偵が登場する何シリーズものミステリーを、何社もの出版社から出している。ミステリーである以上、内容に言及した論評は少なく、見返しなどの惹句やあらすじを読んでも、ストーリーの面白さを理解することは難しい。あとは長年の読書家としてのカンと経験に任せるしかない。そこで選んだのが、漫画タッチの表紙絵と、同じイラストレーターの挿し絵が入った「新宿少年探偵団」(講談社ノベルズ)のシリーズだったあたりに、自分のオタク者としての性を感じる。

 太田さんの筆になるあとがきを読む限りでは、この「新宿少年探偵団」のシリーズは、数ある著書のなかでも相当に異色な作品らしい。漫画タッチの表紙絵や挿し絵などは、他のシリーズでも類似した手法が用いられてりため、異色とする理由にはあたらない。だがしかし、第1作の「新宿少年探偵団」(講談社ノベルズ、780円)、第2作の「怪人大鴉博士」(同)を通読して、氏のいう「異色」という意味が、なんとなく解ったような気がした。「宿少」(こう略すらしい)は、太田さんが過去にものしてきたという、推理小説、あるいはミステリーといった作品とは、他の作家の推理小説やミステリーを読み嗣いで来た経験に照らし合わせて、明らかに違っていた。

 「宿少」の主要なキャラクターは6人。同じ学校に通う2人の少年と2人の少女が、あることがきっかけとなって集まり、事件へと巻き込まれていく。新宿の街に跳梁する妖しい男たちと関わるうちに、4人の少年少女は謎めいた少年と、そのガード役を務める男と知り合う。謎めいた少年は4人を「新宿少年探偵団」と名付け、様々な武器を与えて、新宿を恐怖のどん底へと陥れた怪異に挑ませる。

 第1作では、不思議な機械生物「シータ」を操る男「髑髏王」が彼らの前に立ちふさがる。天才的な科学者だった芦屋能満の弟子として、世界を新しい科学のもとに再構築しようと企む「髑髏王」と渡り合いながら、4人は少しづつ成長していく。第2作でも、同じく芦屋能満の1番弟子「大鴉博士」が登場し、鴉を使った金品強奪劇を演じる。1作目のようなおどろおどろしさは消え、かわりに大鴉博士の、前向きだけれどどこかズレたキャラクターが醸し出す、なんともいえないレトロな雰囲気に懐かしい気持ちでいっぱいになる。そう、これは現代を舞台にした「怪人20面相」と「少年探偵団」の戦いなのだ。

 少年と少女の主人公が、事件にまきこまれ、犯人とわたりあい、事件を解決していくストーリーは、それだけ取ればミステリーといえなくもない。だが「宿少」は、謎解きの醍醐味を楽しむというよりは、かつて子供だったことのある大人たちや、制度にがんじがらめにされて身動きがとれなくなってしまった生身の子供たちが内心欲している理想、すなわち、醒めることなくがむしゃらに突き進んで、謎に挑もうとする冒険心や、あからさまになってしまった現代の社会を嫌って、なんでもいいから闇にうごめく不思議な者どもがいて欲しいと願う心を、小説という形を借りて主人公たちに託して、見せようとしているのだ。

 ボディーガードを従えた謎の少年「蘇芳」の正体は未だ知れないし、主人公の1人でいつも夢を見ているような少女、夢野美香の不思議な性格にも決着が付いていない。敵対する芦屋という名前から想定できるのは、1000年という時を越えた陰陽師たちの戦いだが、それすらも明らかにされないまま、キャラクターは増え、伏線は張り捲られ、謎はどんどんと増えていく。

 暴走するキャラクターと爆裂するストーリーに、いよいよ太田さんの腹も固まったようだ。「奇縁」をが「良縁」だった幸運に喜びを覚えつつ、あとはただ、首を長くして、次作が書かれる日を待つばかりだ。


積ん読パラダイスへ戻る