JKハルは異世界で娼婦になった

 小説投稿サイトに連載されて話題となった作品で、現代の若者が異世界に転生なり転移をして、そこで現実の世界では得られない異能を獲得して大活躍をするストーリーが、四六判のソフトカバーで刊行されるとたいていは、そうした設定やストーリーを持った作品が大半を占めるレーベルなどが並ぶ棚に放り込まれて、類似の作品たちとしのぎを削ることになる。

 すでに多数の作品を刊行していて、書店にある程度の棚を確保しているレーベルなら、平積みされて買いに来た人の目にとまる可能性も高そうだけれど、そうしたジャンルにほとんど初めての参入となる早川書房から1冊だけ刊行された本が、大量に刊行される類似の本に埋もれて見過ごされないかといった懸念が一方にありつつ、平鳥コウによる「JKハルは異世界で娼婦になった」(早川書房、1300円)については大丈夫ではないかといった思いも浮かぶ。

 まず設定が強烈に突き刺さってくる。同級生の男子といっしょに交通事故にあって異世界に転移した女子高生のハルがそこで就いたのは、自分の身体を売って稼ぐ娼婦という仕事。剣の腕前を得て剣士になるとか、魔法の力を発動させて魔導師になるとかいった異世界転生・転移に欠かせない異能ガチャの埒外に置かれた特殊さを感じさせつつ、娼婦という仕事についてまわるセックス描写への期待めいたものを抱かせる。

 ただしこれは諸刃の剣でもあって、それしか他に生きていく手段がなくなってしまった少女が、水商売に足を踏み入れ身体を売って生きていく中で誰かと出会い、恋情なども抱いて成功する、あるいは破滅していくストーリーは現実世界でも書くことが可能で、わざわざ舞台を異世界にする必要があるのか、といった声を呼びそうだ。似たような作品の多い分野でエロスを誘って目立とうとしただけだと言われて、それならとスルーされてしまいかねない懸念をはらむ。

 けれども違った。そうした分かりやすい設定やストーリーではなかったと「JKハルは異世界で娼婦になった」を読み終えて分かった。女子高生のハルが千葉という男子といっしょに放り込まれたのは、いわゆる男尊女卑の風潮が色濃く表れた異世界で、街を襲うモンスターを相手にした戦いが尊ばれる状況にあって、元より女性は軽んじられ、なおかつ剣技や魔力といった武力につながる異能も持っていないハルが、生きていくために娼婦を選んだというのはひとつの賢明な選択だった。

 ただ、印象として悲惨な境遇であっても今時の女子高生といった感性と、援助交際をしていたという経験を生かし、悲嘆に暮れるような湿ったものではなく、それが今は当然なんだといった乾いた情動で受け入れ、乗り切っていく展開に痛みよりも快さを見てしまえる。いっしょに来た中二病気質で与えられた能力に頼り切り、自分をヒーローと思いたがって努力をしない千葉も、ハルに気があっても声すらかけられない奥手な肥満気味のスモーブと名付けられた青年も、強引なオヤジも暴力的なオッサンも決して受け身ではなくいなすように相手して翻弄する。

 もしもこれが現実世界が舞台で、アンダーグラウンドの世界に売り飛ばされた女子高生といった設定だったら、空気がシリアスに寄ってしまって女子高生の独り立ちといった展開をカラリとは描きづらくなっただろう。異世界だからこそ成り立つハルの立ち位置があり、そこを起点に女性が虐げられることへの違和を見せつつ、密かに戦っている姿を描いていける。なおかつ異世界転移だからこその展開も次第に明かされ、ハルが今を乗り切り未来に近づこうとするしたたかさを持っていることも読み取れる。

 ハルはどうして娼婦になったのか。いったい何をやろうとしているのか。そうした部分が見えて来た時、「JKハルは異世界で娼婦になった」という物語が男尊女卑の世界にあって、女性のとてつもないポテンシャルを改めて示して世間に問いかける、強いメッセージを持った物語として感じられるようになるだろう。

 もしもこれが現実世界だったら、水商売の細腕繁盛記なり名器を駆使しての籠絡からの成り上がりといった既視感の範囲に収まってしまう可能性が高い。それはリアルだけれどカタルシスに足りない。「JKハルは異世界で娼婦になった」にはドリームがあって痛快も得られる。それは異世界転生・転移が登場するストーリーでは絶対に欠かせない要素。それを意外な形で示していたからこそ、ネットでの連載時から支持を集めていたのだろう。

 舞台となっている世界の状況から人々の暮らしや心理を想起でき、創出される展開を追っていけるという意味で、通例に留まらないシチュエーションを提示して驚かせ、楽しませるSFやファンタジー、ミステリに強い早川書房から刊行されることに違和感はない。じわじわと世界を侵食する女性の自立や自決の波が、今はまだ色濃い男尊の空気すら変えていくかもしれないとすら思わせる。

 それを神が狙ったとしたら? 狙いはやはり魔王か? それはいったいどういった存在で、今はどこにいて何を思いながら人間たちと対峙しているのか? そうした懐疑へのサジェスチョンもあって、ハルを筆頭とした登場人物たちのこれからを想像してみたくなる。

 自尊心ばかりが強くで努力が嫌いな勘違い野郎の千葉が、あれで死にもしないでしたたかに生きているのが今後変わる可能性はあるのか。ハルに強い関心を持ったちょいワルジジイのウィッジクラフトはハルやその行動にどう絡んでくるのか。そんな関心を満たしてくれるような続きの物語を読んでみたい。ハルが現実の世界へとかえって前と変わらない日常に戻る強靭さも見られるのなら、是非。


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