回転翼の天使
jewelbox navigator

 作家はほとんどがそうだと思うけど、作品の中で使う場面とか乗り物とか、登場させる人物の職業とかいったいったディテールをきっちりと取材することで、読んでいる人に臨場感というかリアリティを感じてもらおうとする。そしてその上で、架空の物語を展開して読んでいる人にワクワクしてもらおうとする。

 もっともあまりに取材熱心なばかり、その成果を見せようとして微細なディテールにばかり凝って、本当に大切な物語の部分がおろそかになってしまうことがある。あるいは逆に、ディテールに凝ってはみたものの、どこか書き割り的になってしまって、現実からかえって遊離してしまうことがある。もちろんそれで「勉強させてもらったなあ」と思わせることだって可能だけど、せっかくの物語なんだから、やっぱり本筋の部分でワクワクさせてもらいたいし、そうさせることが書いてる作家にだって本望だろうと思う。

 「こちら郵政省特配課」(朝日ソノラマ、530円)で東京の地理とか官僚機構の仕組みを結構取材して作品に取り入れていたあたりに、取材への熱意がうかがわれた小川一水の場合は、どちらかと言えば後者の気がときどきあって、なるほど確かにキャリア・ノンキャリアの仕組みとかは正しいけれど、国会議員から見ればしょせんは「役人」でしかない事務次官が妙に強かったりして、官僚の仕組みを取材するとそんな風に見えるものなのかなあ、と悩んだ記憶がある。

 もっとも現実から大きくかけはなれた世界に”逃げる”なんてことをせず、現実の世界にテーマを探してリアリティを出すために熱心に取材して、その成果を折り込んでワクワクとする物語を浮かび上がらせようとする熱意だけは常に感じられる。その意味で、最新作の「回転翼の天使 jewelbox nabigator」(角川春樹事務所、720円)は、取材の成果が地に足の着いたもののように見える上に、それが物語と実にうまく絡み合っていて、最高に面白いエンターテインメントに仕上がっている。

 旅客機のスチュワーデスを夢見た夏川伊吹は、同じスチュワーデス予備校に通っていたお金持ちのお嬢様でちょっぴり高慢なところがあるお嬢様の令子といっしょに、「塗羽市」に本拠を置いて多数の国内線を運航している航空会社を受験する。けれども持ち前の正直さがわざわいしてか伊吹はあえなく採用漏れ。令子はといえばそこはちゃっかり合格を決め、悔しさに枕をかんでいた伊吹のところに、当の令子から電話が入った。

 新聞に広告を出そている航空関連の会社に行ったらどう? 予備校でともに学んだ令子のもしかしたらこれが友情なのかもと思って行ったその会社で、伊吹は令子のあるいは悪意かもしれない気持ちを思い知らされることになる。というのもその会社、オンボロのヘリコプターを1機だけ所有して、地元企業の宣伝から農薬散布から、空を使う仕事だったら何でもござれの零細企業。おかけに時々、頼まれもしないのに人命救助までする正直ぶりがわざわいしてか、決して経営も楽ではなかった。

 とはいえほかに勤める場所もない伊吹。スチュワーデスとはかけはなれば事務に整備に雑用をこなしているところに、例のライバル令子の嫌味攻撃が炸裂して、辛く哀い日々を送る。けれども純粋な気持ちで「ヘリコのパイロット」にしかできないことをやろうとしている弱小ヘリ会社の面々にいつしかほだされていく。すると世の中は良くしたもので、令子の務める会社から、伊吹と令子との諍いとはレベルが違うところでちょっかいが入り、そこから事態は急転直下に一転突破、まるで空を自在に舞うヘリコプターのように、細心の注意がはらわれた大胆な展開へと進んでいく。

 就職にあぶれた女性が空を目指す、というあたりが夏見正隆の「僕はイーグル」(徳間書店、1300円)にも重なって、昨今のバカバカしいまでの就職難ぶりを感じさせてくれる。加えて「回転翼の天使」は、架空の街ながらもあくまでもどこにでもありそうな「現実」を舞台にして、気持ちを盛り上がらせそれから泣かせ、ドキドキさせハラハラさせて楽しませる王道的エンターテインメントの作法に乗っ取った先で、見事な着陸を決めて見せてくれる。

 前作「イカロスの誕生日」(朝日ソノラマ、571円)でも、敵となる勢力のちょっぴり戯画化され過ぎた部分への疑問も含めて、真面目に楽しませようとしているんだけどどこか原色ばかりがカチ合っているような印象があったけれど、「回転翼の天使」の場合は社会的なシステムの部分が持ち前の取材力、描写力でもってカッチリと描かれている。

 そしてその上で繰り広げられる人間のドラマの部分も、「正義」「悪」の決して割り切れない部分を取り込みつつも、「だからといって曖昧なままでいいはずがない」という作家的な信念を貫き通しているから、正義ばかり叫ぶ輩とか、反対ばかり叫んで代替案を出さない輩から漂う胡散臭さのようなものが見えず、読んでいて実に納得できる。

 さらにいうなら、クライマックス部分で見せる驚天動地の展開では、取材の成果に加えて果てしない想像力が要求される「SF」の醍醐味を大いに感じさせてくれる。取材やテーマで作品への真摯なスタンスを存分に見せ、着実に「巧さ」を上げていた小川一水のまさしく現時点での最高傑作であり、かつ大きな飛躍も感じさせてくれる1作といえるだろう。読めば作家の「今」にワクワクでき、大作家としての「未来」にもドキドキできること請負。次がとにかく楽しみだ。


積ん読パラダイスへ戻る