Jの神話
J−GIRLS MYSTERY


 挿れて出してその間20秒。はちょっと情けないとしても、それだけあれば十分なくらいに、こと生殖に関する男の役割なんて、10カ月間も子宮で子供を育てる女に比べると、ほんのほんのちっぽけな物でしかない。「あらほんと、小さいわねえ」。いやその大きい小さいじゃなくって・・・。

 閑話休題。小さくっても情けなくっても(「やっぱり小さいんだ」「違わい!」)、男がまだその地位を保ち続けていられるのは、男がいなければ絶対に生殖は出来ないから。喰わせてやるだの守ってやるだの、そんな男性上位の見方なんて、実のところは生殖に多大な役割を果たす女を、喰わせなくっちゃ、守らなくっちゃ子孫が残せないから、否が応でも果たさなくっちゃいけない義務を義務と認めたがらない男の虚勢に過ぎない。

 だからもし、女が女だけで子供が作れて快楽も得られてってことになれば、男はいらないってことになる。そうでなくても女に必要されていない男がたくさん(こっちを見るなよ)いるくらいだし、ますます男は情けなく、いや情けない以上の世界に不必要な存在と化してしまう。だったら男が男だけで子供が作れて快楽も得られてってことになれば良いんだろうけど、流石にねえ、玉袋で子供を育てる訳にもいかないし、やっぱり女の情けに縋るか、滅び去っていくしかないんだろう。

 なんてことを考えたのも、乾くるみが書いた第4回メフィスト賞授賞作「Jの神話」(講談社ノベルズ、900円)を読んだから。「お約束のプロローグ、ありがちな舞台、おきまりの事件と美貌の女探偵」と大森望さんが帯の推薦文に書くように、物語は全寮制の名門女子校に入学した少女・優子が、学園内で起こった変死事件を目の当たりにするプロローグから、やがて事件の謎を解き明かすために、「黒猫」の異名を取る女探偵が調査に乗り出すといった展開で進む。それがどうして女と女の世の中に思い至ったかというと、それは読んでのお楽しみ、もう少し物語について説明しよう。

 学園で変死した少女は名を麻里亜といって、そのいかにもな名前が象徴するように、彼女は女ばかりの学園の中で、いつとも知れず妊娠し、そして子宮から大量の出血を起こして死んでしまった。実はそれよりしばらく前、彼女の姉も嫁ぎ先の家の中で同じように子宮から大量の出血を起こして死亡。ついでに姉の夫も絞殺死体で発見され、警察は姉が夫を殺したのではと疑っていた。そんな汚名をすすぐこと、そして麻里亜の事件の真相をつきとめるために、「黒猫」は雇われたってことになる。

 いっぽう学園の方はというと、麻里亜に傅(かしづ)いていた女の子たちのサークルが、核を失って分裂していくその過程で、優子といっしょに学園に入り、最初は友人だったのにちょっとしたことで疎遠になってしまった美少女・椎奈が美しさに磨きをかけて、サークルの中心人物へとなっていく。少女たちが憧れ以上の物を麻里亜に感じていたように、今では椎奈が少女たちから単なる憧れ以上の存在となって君臨し、やがて優子に親身で事件の謎に興味を示していたシスターも、学園を包む暗雲にからめ取られてしまう。

 「ジャック」という、かつて麻里亜をとりまいていた少女たちの間で語られていた謎の言葉の正体は、学園の唯一の男性教師のことなのか。いっぽう「黒猫」の方も、麻里亜やその姉以外にも、子宮からの大量出血死という、似たような事件が幾つも起こっていたこと調べ上げ、その中心に浮かび上がって来た病院を訪れて、事件の謎へと迫る。明らかになった真相に、けれども「黒猫」すたあらがうことの出来ない罠が待ち受けて、やがて耽美な女学園物語は、女と、男と、そして人類の未来をも揺るがしかねない一大バイオホラーへと発展していくんだけど、どうしてそなるのかはやっぱり読んでのお楽しみ、ってことで。

 1つだけ、女と女の世の中に思い至ったというけれど、とりあえずのところ男だってまだまだ捨て「られ」た者じゃないってことは言っておこう。いやむしろ、女と女が快楽を貪るそのこすれ合う隙間で、しっかりと「男」が、それも遺伝子レベルでの「男以上の男」が息づいているのだと考えれば、これでなかなか男もしぶといという事になる。むしろそうなった方が「全身」で世の快楽を享受できるんだから良いんじゃないって声もある。

 ただし、それでもやっぱり女がいなくちゃ生きられないじゃないって声もあるから、どっちが勝ちかなんて答えは出せない。方や美と快楽を得てますます輝く女たちに、男たちの欲望を体現したような姿形の、男の成れの果てと言ってもよい者共が暮らす世の中は、それはそれで幸せなのかもしれない。少なくとも「小さい」「情けない」とは言われないから。ね。


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