イワとニキの新婚旅行

 「むかしむかしあるところに」という言葉によって綴られ始めた物語が、さまざまな冒険へと続いていって、そこに感動や恐怖や教訓といったものを浮かび上がらせる。桃太郎の鬼退治だったり、浦島太郎による竜宮城行きだったり。砂漠に暮らす青年がお姫さまを救い星の形をした兵器を操る悪の帝国を退ける物語もあった。ぼんやりとした時代のあいまいな場所だからこそ、さまざまな物語を作り出し、いろいろなメッセージを込めることができるのだ。

 「我が帝国がこの星を蹂躙し、支配するようになってから五百年が経った。占領の過程については、ごくありふれた全面戦争なので詳細は省く」といった共通の言葉によって綴られ始める、白井弓子の漫画作品「イワとニキの新婚旅行」(秋田書店、429円)に描かれた幾つかの物語もまた、そこにさまざまな教訓であり、感慨といったものを含んで読む人たちに提示される。

 ここで言う帝国とは異星人であって、その攻撃にさらされた人類が蹂躙されたというのが大前提。滅びはしなかったものの支配下に置かれた人類たちを押さえ込み、進歩を促すために帝国は、神話を題材にしたさまざまなギミックを仕掛け、それが長い年月の中で一種の伝統となり習俗となりつつも、次第に反発を呼んで変質を遂げつつあった。

 表題作では、コノハナサクヤヒメとイワナガヒメを娶らされようとしたニニギノミコトが、美しいコノハナサクヤヒメだけを娶り醜いイワナガヒメを追い返してしまったことで、人類の寿命が短くなってしまったといったという日本の神話がギミックとして取り入れられた。そして、巨大な岩のような存在のイワナガヒメのところに族長の第一皇子が出向き、遺伝子を捧げることになっていた。

 ところが、その代では第一皇子が死んで第二皇子のニキがイワナガヒメのところに赴いた。最初はイワナガヒメには訝られるものの、そう説明して納得を得られたニキは、イワナガヒメに開いたハッチの中にある肉に身を浸し、美しいコノハナサクヤヒメに包まれるようにして遺伝子を提供する。

 それは快楽。だから先代の王も外に出ることなく、旅路の間をハッチの中に浸り続けた。けれども、ニキはそうした行為を拒否し、外に出てイワナガヒメと共に歩んで「祭壇」と呼ばれる遺伝子を捧げる場所へと向かう。そうした途中で露見した第一皇子の策略に、第三皇子の反乱で2人は傷つく。

 どうにか生き延びた2人の間に芽生えた感情は、支配する存在による支配のための儀式でしかなかった出会いに意味を持たせ、長きに及んで硬直化した儀式変化の可能性を示し、抑圧からの解放を伺わせる。彼らは帝国の頸城から逃れられたのか。帝国によるリフトアップの目論見は成功したのか。

 そんな問いかけは、「神託と灰色の少年」でも為される。人類を蹂躙した帝国による支配はあらゆる芸術活動に及んだ。アクロポリスの後に作られたムセイオンなる場所でしか彫刻に絵画に舞踏に諸々の芸術活動は認められていなかった。

 なおかつ彫刻も絵画も舞踏も、帝国のAIめいたものが即座に解析して人間よりも素晴らしいものを作ってしまうから、すぐにお役御免となってしまう。他の場所では芸術活動は認められておらず、行く先に希望の持てなくなった石工の集団にいたパイオンという少年が、定期的に芸術を見せろと迫る神託の場に呼ばれてダンスを披露したところ、彼らに新たな未来が訪れた。

 パイオンのダンス、それ自体はAIによってあっさり解析され、新しいところは何もないと判断されてしまう。ところが、ダンスを観ていた人たちが抱いた感動なり感情がてんでばらばらで、そうした影響の多様性をAIは受け止められずに壊れてしまう。作り手の創造性も大事だけれど、受け手の想像力もまた芸術にとっては大事な要素だということ。同じ人類でも感性は誰ひとりとして同じではなく、一括して管理できるものではないという当たり前に、五百年かかって帝国は気づいたのかもしれない。

 人類を宇宙へと誘うアンドロメダたちを描いた「アンドロメダ号で女子会を」は、定められた運命に従いつつも逆らいながら最善の時間を楽しもうとする人間の女子たちのしたたかといったものが感じられる。ただ、逃げずに留まり運命を受け入れ続けるところは、人類の進化を促すための礎として自らを任じている現れか。そういう風に作られたことを受け入れながらも、そういうことならと最善を尽くしつつ楽もする。それもまたしたたかな人間の有り様ということなのかもしれない。

 「さよなら私の兵馬俑」「海の女神と旅立つ船」では、電子化された人間の情報が役目に逆らい逃げて逃げ延びるまでが連続して描かれる。そうやって得られた自由の先で人類は帝国の頸城を逃れて新たな文明を築けるのか。そんな想像を喚起させられる。

 遠い星に先住しながら忘れ去られ、新たな移住者によって排除されようとしている集団が、異形の存在を女性に妊娠させ、それによって発動される転送の能力を駆使して抵抗していく苛烈な物語「WOMBS」で第37回日本SF大賞を受賞した白井弓子による、神話という人類の特有の心の拠り所を軸にして、抑圧から逃れ羽ばたく人類を描いたSF短編たち。お楽しみあれ。


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