いつか世界を救うために ークオリディア・コード−

 もしかしたら(Speakeasy)というキーワードが、これからのライトノベル界にちょっとした旋風を巻き起こすかもしれない。シリーズ名ではなく、固有名詞でもなくて、複数の作家の名前のあとに添えられるこのワードを含めて、ひとつの“作家名”を構成している。

 たとえば、さがら総・渡航(Speakeasy) 。ダッシュエックス文庫から発売されている「クズと金貨のクオリディア」の作者名だけれど、さがら総についてはMF文庫Jから刊行中の「変態王子と笑わない猫」シリーズの作者であり、渡航はガガが文庫から出ている「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」シリーズの作者。ともにライトノベル界きってのベストセラー作家が名を連ねている上に、(Speakeasy)と付いているのはどういう訳だ? そう思われて当然だろう。

 そして、ここに登場した橘公司(Speakeasy)もまた、「蒼穹のカルマ」シリーズやアニメーションにもなった「デート・ア・ライブ」シリーズで知られる橘公司という作家名に(Speakeasy)が添えられたものになっている。何が起こっているのか? 実はこの3人が、同じ世界観を持った作品をそれぞれに紡いでいくという、驚くべきプロジェクトがスタートしているのだ。

 まずは先行してさがら総、渡航の2人が(Speakeasy)として連名で作品を発表。そして橘公司(Speakeasy)が満を持して作品を投入して来た。それが「いつか世界を救うために −クオリディア・コード−」(富士見ファンタジア文庫、600円)だ。

 舞台は西暦2049年の地球。30年ほど前にどこからともなく現れ、後に<アンノウン>と呼ばれるようになった怪物によって世界は襲われ、大勢の命が失われた。対抗するために人類は、戦えない子供たちを冷凍睡眠させて保護しつつ、戦いを続けてどうにか<アンノウン>を退けたけれど、完全には根絶できないまま、30年近くを戦い続けている。

 その戦いで最前線に立っていたのが、前に冷凍睡眠させられた子供たちだった。長い眠りについてる間に見た夢が、脳に何か影響を与えたらしく、目覚めた後の子供たちは、夢に見ていた<世界>にちなんだ異能の力を発動させることがでるようになっていた。

 そんな子供たちの中で、湾岸に作られた防衛都市のひとつ、神奈川で10年近くにわたって序列第1位を誇っていたのが天河舞姫という少女。どれだけ強そうに見える<アンノウン>が相手でもひるまずに挑んで行き、倒してしまう能力は人類にとって大きな希望のはずだった。ところが。

 その舞姫を暗殺するよう、政府直轄の特殊部隊に所属している紫乃宮晶という少年に命令が下る。理由は分からない。それでも、命令とあれば絶対服従なのが組織に所属するエージェントの宿命。紫乃宮晶はペアを組んでいる凜堂ほたるという少女とともに、舞姫がいる防衛都市神奈川県の学校へと潜入し、そこで舞姫と軽く手合わせをしてとても歯が立ちそうにないと感じ、弱点を探るために舞姫の徹底的な分析を始める。

 自分が目で見たものなら触れられないものはない能力で、紫乃宮晶は舞姫の胸に触れお尻をなで回す。痴漢ではない。大胸筋や大腿筋の発達具合が、異常とも言える舞姫の身体能力にどれだけの影響を与えているかを調べるためだ。気付かれないように舞姫の後をつけるのも、舞姫が出したゴミ袋を漁るのも、部屋に盗撮用のカメラをしかけ、下着を持ち帰ろうとするのもすべて舞姫の暗殺という崇高な任務のため。そこに異論が挟まれる余地などないはずだった。紫乃宮晶的には。

 けれども傍目にはただの変態だ。ほたるからは白眼視され、舞姫を慕い守ろうとしている四天王のうちの3人にすぐに気付かれ見とがめられる。もっとも、最初は3人とも紫乃宮晶を止めなかった。むしろいっしょに後を付け、ゴミ袋の中身を奪い合い、盗聴器を仕掛ける場所を譲り合った。

 つまりは誰もが変態だったということ。そして舞姫が強く慕われていたということ。少しばかり方法は間違っていても、深く愛され信頼されている彼女を、どうして政府は暗殺しようとしているのかが、大きな謎として浮かび上がる。コールドスリープ前に舞姫と知り合いだったらしいほたるが、そのことを舞姫に明かそうとしないのも気になる。

 その舞姫はといえば、紫乃宮晶の変態行為に等しいアプローチを暗殺とは感じず、むしろ積極性を感じて乙女心で曲解して頬を赤く染める。そんな2人が仕掛けられた罠をくぐり抜け、強大な敵を相手に戦い都市を救うまでが第1巻。その後にいったいどんな戦いが待ち受けているのか、紫乃宮晶に下った暗殺の指令がどうなるのかに興味が及ぶ。

 いずれ書かれるだろう続きが気になるけれど、これとは別に、今度は時代も同じ世界の上で、さがら総が東京編をMF文庫Jから、そして渡航が千葉編とガガガ文庫から刊行して世界観を広げていくことになっている。防衛都市神奈川にライバル心を燃やす東京の思惑や、食料生産地として重宝されている千葉の様子と、それぞれに生きるキャラクターたちを早く知りたい。やはりそろいもそろって変態なのかも含めて。

 いずれ劣らぬベストセラー作家たちによるシェアードワールドの競演。面白くならないはずはないだろう。(Speakeasy)がそんな面白さの証明として注目を浴び、そのキーワードの元にさらに多くの人気作家が集うような事態が起こって、誰が1番の変態を描けるのかを競い合えば、さらに面白くなっていくのだけれども、果たして。


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