いぬかみっ!

 乙女心は複雑で、それは緑色の髪で目は赤く、お尻にふさふさの尻尾を生やしたちょっと変わった(ちょっとかよ)美少女であっても変わらない。有沢まみずの「いぬかみっ!」(電撃文庫、570円)に登場する犬神の少女・ようこが、縁あって契約を結んだ人間の少年・川平啓太に対して示す態度の複雑にして難解なこと。これが乙女心というものかと男には戦慄と戸惑いを、女には同意と賞賛を感じさせることだろう。

 そもそも犬神とは何かと問われれば、それは人間と契約して魔物の類を退治する神様といった存在で、川平啓太の家系は代々この犬神といっしょに、破邪の仕事に取り組んできた。ところが生来の出来の悪さが祟ったのか、それとも別の理由があったからか、13歳になって山に入って犬神に契約を求めたものの応じた犬神は1頭とてなく完敗。哀れ啓太勘当同然の身となって、犬神使いにならず(なれず)ひとり街で繰らしていた。

 ところがここに登場したのが”ようこ”という名の犬神の美少女。犬神を求めて山に入ってきた13歳の啓太を見初めたものの当時はまだ未熟だったとかで、契約には至れず以来時が経つのを待っていて、ようやく今になって人間と契約できる身となって、川平家を通して啓太を山へと招き寄せる。

 見た目でいうなら16、7の美少女に、いっぺんで惚れ込み即座に契約を求めた啓太にようこは、まずは結界から出られるようにしてくれと頼み、それが適ったとみるやなぜか啓太を火だるまにして外へと逃げ出す。その口がいうには性格の悪さもあって閉じこめられていた所から、解放される方便として啓太を契約者にしようとしただけ、らしい。

 実際、ようこは出むいた街で啓太の金を使って喰うわ着飾るわとどんちゃん騒ぎ。啓太の祖母が使役する犬神のはけからようこの弱点を聞き出して、それを使ってどうにか正式契約にまでこぎつけた啓太を相手にしても、自分につけられるはずの犬の首輪をつけさせるは、部屋から素っ裸で路上へと放り出して留置場へと入れさせるわと非道の限りを尽くす。

 もっともそこは絶品の美少女、何をやっても許されてしまう存在でもあって、留置場から出てきた啓太とよりを戻し、ペアになっては金持ちの青年に取り付いた女たちの生き霊を祓う仕事や温泉に現れる妖怪退治、売れないライトノベル書きが無念のうちに死んで変わった妖怪・露出卿を調伏する仕事を、持ち前の能力でまずは順調にこなしていく。とはいてやっぱりようこはようこ、啓太をことあるごとに素っ裸にして路上へと放り出し、一夜の留置場暮らしに追い込むことだけは忘れない。

 ともあれ破邪やら妖魔退散やらといった、犬神使いと犬神のペアに与えられた仕事だけはきっちりとこなす2人組。その和気藹々(?)ぶりを見るにつけ、とても方便だけで結びついたカップルのようには思えない。金に汚く女の子にも甘い、煩悩が服を着たような(ストリーキングで留置場に入った彼はつまり煩悩そのものか)存在の啓太を本当に、ようこは外に出るためだけに利用したのかどうなのか。  その謎を解く鍵が、複雑怪奇で難解至極な乙女心という奴だ。物語の途中でちらりほらりと描かれる、たぶん10年以上は前の出来事で、チョコレートケーキのかけらをやりとりしたらしい記憶がうっすらながらも示唆するのは、啓太とようこの幼いながらもピュアでスウィートな間柄、だったりする。

 それならば素直に幼い頃の思い出とか、嬉しかった記憶とかを出して啓太相手に胸襟を開けば良いものを(是非にも開いて欲しいけど)、そこは素直になれない乙女心の複雑さ、方便だ何だと理由をつけて自分の本心を包み隠し、啓太の元へと嫁ぐ(?)立場を正当化してみせる。その心根の何といじらしいことよ。

 だったら啓太の方で察してあげれば多少は話も丸くなるのに、そこは煩悩が服を着ないで歩いていたりする存在、ようこが好んで食べるチョコレートケーキに隠された想いにはっきりとは築かず、ただひたすらに自分の煩悩を満たすべく、ようこを使って仕事をこなそうと空元気を張り上げる。その心根の実にあさましいことか。

 それでも毎日を顔突き合わせて暮らしているうちに、多少なりとも理解の深まってきた啓太とようこの不思議なカップル。内閣官房室に所属して霊が絡んだ事件を捜査している仮名志郎という男が登場したり、全国に散らばった仏像を探し集めて歩いている不思議な猫又の留吉と出会ったりしながら、寄せられる難事件怪事件珍事件に力を合わせて挑み、これを解決していく楽しくもドタバタとした日々を繰り広げる。

 相変わらず啓太はお約束敵にストリーキングにさせられるけど、これもまあ複雑怪奇な乙女心のなせる技。むしろ単にベタベタとした関係よりも、緊張感があって長続きしそうな観すらある。続く物語があるとするならやっぱり変わらぬ緊張感を醸し出しながらも、元気で楽しくちょっぴり心に暖かい、2人の関係を見せてくれることだろう。ところで当年とって364歳らしいようこは果たして乙女か否か。ううん悩ましい。


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