インスタント・マギ

 今まで空を飛べなかった人間たちが、気球やらグライダーやら飛行機やらを使って空を飛び始めたのを見て、翼竜たちが滅びてからずっと空の支配者たちだった鳥たちは脅威を抱いたかというとそれはなく、自由に舞い上がり自在に飛び回って獲物を狙い、海を渡ってと空をわがものとしている。

 鳥たちに空へと舞い上がった人間の脅威を考えるだけの気持ちがなかったこともあるだろうけれど、あったところで巨大な装置を使って人間たちが空へと上がっても、それで鳥たちの存在が脅かされることはないと考えたに違いない。時々ジェットエンジンに吸い込まれたり、正面衝突したりして身に危険が及ぶとはあっても、それで鳥としての種が滅びることはないだろうから。

 <魔法使い>はそうではなかった。<魔法>という他に秀でた能力であり、他に使える者の少ない能力を持ってその存在を世に知らしめてきた<魔法使い>たちにとって人間が<魔法>を自由に使えるようになる。いったいどれだけの驚きと戦きを感じたことだろう。どれだけの怒りと憤りを燃え上がらせたことだろう。

 だから茶海星从郎(さみ・せいじゅうろう)は狙われた。大学院で学びながら脳を刺激して、物体を回転させたりちょっとだけ重力に逆らったり、考えるスピードを速くして目に見える動きが遅く感じられるようにしたりといった、普通ではない力を引き出す映像『インスタント・マギ』をを作り上げてしまった彼は、ある日突然、大学の中で巨大な鎌を手にしたローブ姿の美女に襲われた。

 <魔法使い>だった。名をイザラ・チャンドラーという美女はくわえた煙草からくゆらせた煙を操って、とてつもない現象を引き起こすことができた。そんな<魔法使い>を相手に『インスタント・マギ』で意識を加速させて攻撃をしのぎ、自転車のペダルを高速回転させて逃げても、そこはインスタントだけあって大きな力にはならず、逃げ切れそうにもなかったところにもうひとり、こちらは少女の<魔法使い>が現れた。  名をゼラ・レーベルウィングという少女は、『箒使い』としての力を発揮してイザラを退け、そのまま茶星の元で彼を守り始める。ゼラが所属する錬金術師の勢力は、ある種革新的で<魔法>に進化してきた科学も取り入れようとしていた。だから茶星の作り上げた『インスタント・マギ』に価値を見て保護しようとする。

 対してゼラの所属する魔道士は保守的で、<魔法使い>ではない人間でも<魔法>が使えるようになる『インスタント・マギ』を抹殺しようとした。そんな争いに巻き込まれた茶星を中心に、<魔法使い>たちのバトルを描いた話が、ノベルゼロから登場した青木潤太朗の「インスタント・マギ」(KADOKAWA、800円)だ。

 以前に刊行した「ガリレオの魔方陣」が、DTPと立体映像で魔方陣を描き魔法を生み出す科学が浸透していた世界が舞台だったのに対して、「インスタント・マギ」ようやく科学が魔法をとらえ始めた世界が舞台。読んで浮かぶのは、圧倒的な破壊力を持った<魔法>に対して、実っている渋柿を落とそうを枝をねじ切るのがやっとの『インスタント・マギ』にどうして、魔道士派の<魔法使い>たちが憤り、滅しようと躍起になるのかといった疑問だ。

 片方の眼球に魔法陣を刻んで脳の働きを変え、鍛錬を経て<魔法>の力を引き出せるようになってこそ<魔法使い>という信念もあったのかもしれない。たとえ木の枝をねじり数分間だけ思考を早くする程度の『インスタント・マギ』でも認める訳にはいかないと考えたのかもしれない。ただやはり大きかったのは、今はまだ小さな力でも、それがやがて<魔法使い>すら超える強大な力を、『インスタント・マギ』が人間に発揮させるようになるかもしれないと感じたからだろう。直感的に。あるいは論理的に。

 気球でもグライダーでもジェット機でもロケットでも、人は鳥のように自由に自在に空を飛べていないけれど、それがもし変わったら、重力を制御して自由に飛び上がり自在に飛び回れるようになったら、その時はじめて鳥たちは人間に牙を剥く。<魔法使い>たちも同じだった。だから潰そうとした。そんな想像が浮かぶ。

 敵の<魔法>を壊すなら、魔方陣が刻まれた眼球をえぐり取るべきであり、それどころかとどめを刺して命を奪うべきだといった、凄絶にして深刻な<魔法使い>たちの戦いにかけ、自分たちの存在にかける強い思いが漂うバトルシーン。馴れ合いとも労り合いとも言えそうな共存によって反映してきた、普通の人間たちには及びもつかない<魔法使い>たちの過酷で、そして真剣な生き様が感じられる。

 より高い能力を持った上位の<魔法使い>には、たとえ名家の出でも虐げられ付き従うことを求められ、それこそ灰皿代わりにされてしまうことも当然といった描写には、ダーティーでグロテスクな面も多々、あったりするけれどそれにあまりエグさを覚えないのは、強いものがすべてを取り仕切り、弱いものや負けたものは退くのみといった思考が<魔法使い>には当然だと、分からせてくれるからなのかもしれない。

 一方で、人間ならではの好奇心と優しさが人を動かす展開もあって、そんな魔女と人間との異なる思想のぶつかり合いが、停滞を壊して未来を開く可能性を示唆もする。クライマックスに最強最悪の<魔法使い>も現れ、錬金術師と魔道士の戦いはいったいどうなるか、そして世界に広がった『インスタント・マギ』は人類に何をもたらし、<魔法使い>たちをどう動かすかが気になって来る。

 続刊を期待して待とう。


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