<infinite Dendrogram> −インフィニット・デンドログラム−
1.可能性の始まり

 「小説家になろう」VRゲーム部門で年間第1位に輝いたという海道左近の小説「<infinite dendrogram>−インフィニット・デンドログラム− 1.可能性の始まり」(HJ文庫、638円)が面白い。

 VRヘッドマウントディスプレイを飛び越したヘルメット型の装置を頭に着けると、そこは「インフィニット・デンドログラム」という名のMMORPGの世界。アバターを選び属性を選び<エンブリオ>というキャラクターのひとりひとりに違った要素を与える仕組みを通過して、そして向かったファンタジー調の世界で、主人公の椋鳥玲二という少年は、武器でありながらも少女の形になれるメネシスという<エンブリオ>を得て、一足先にゲームを始めた兄とも出会って、ゲーム世界の様子を聞いてから冒険へと向かって歩き始める。

 川原礫の「ソードアート・オンライン」シリーズが真っ先に類例として挙がるように、ありがちといえばありがちな設定だけれど、クマの着ぐるみに入って素顔を見せようとしない玲二の兄のどこか謎めいた存在感が気になるし、メネシスがだんだんと成長していった先にどんな姿になり強さになるかも気に掛かる。知り合うルークという少年が圧倒的な美少年である上に、連れているこれも人型の<エンブリオ>が淫魔であったりしてお色気の要素も感じられる。あとは玲二が正義感の持ち主なのか、クエストとして依頼を受けた、NPCで騎士の少女の妹を助けようとして頑張って、そして持っていた力を発動させる展開もその性格も含めて気持ちいい。

 なるほど、そんな玲二だからこそ最強の闘士として知られながらも、NPCの国王が侵略に対して立ちあがれと呼びかけ、そして騎士団長ともども命を失った戦いに呼応しなかった【超闘士】とあだ名されるフィガロも、切実さをもって訴えた玲二の頼みに答えて動いたんだろう。分からないのは3巨頭の残り2人、名称不明の【破壊王】と【女教皇】扶桑月夜がどうして動いたかだけれど、そうした背後でいろりおな思惑が交錯している当たりも含めて読み込んでは、世界を知っていく楽しさがありそう。玲二たちが主戦場にしている国を攻めようとする勢力の思惑も気になるし。

 ただ、この「インフィニット・デンドログラム」で1番気になるのは、命を持たないただのプログラムに過ぎないはずのNPCに妙に感情移入してしまうところ。少女だからとかいたいけだからといったビジュアルに惹かれたところで、所詮はプログラムなんだからリセットされればまた一緒、そう思いたいところがこの「インフィニット・デンドログラム」というゲームでは、死んだNPCは蘇らない。永遠に。

 村人Aのようにそこに現れては必要な情報を語って終わりのNPCではなく、ゲームの世界にそれぞれが生きて暮らしているといった雰囲気で、家族もあれば社会もあってそれはまるで人間の世界がそのまま越してきたかのよう。そこに入る玲二たちプレーヤーは、さながら不死の英雄といったところで、死にはしても強くなってまた現れてゲームなの世界を変えていく。

 これを普通の世界に置き換えるならば今僕たちが生きているこの世界に、不死身で何度でも蘇ってくる英雄たちが現れ、あるいは正義感から冒険をし、あるいは悪意を持って暴れ回るといったところ。迷惑なことこの上ないけれど、神がそう定めたのならそういう風になっても不思議はない。ただ巻き添えを食らって死んでしまってはかなわない。怒りや悲しみをぶつけたくなる。でも相手は強い。神のような存在。どうしもない。

 そう、「インフィニット・デンドログラム」の世界に生きているNPCのキャラクターたちも考えているのだろうか。そこがひとつ分からないところだし、どうしてそんな厳しい境遇にNPCたちが置かれているかもちょっと見えない。プレーヤーがゲーム内で死んでもペナルティの24時間を経過すれば、ゲーム世界では3日が経っているもののあっさり復帰できるのに、どうしてNPCたちは死んでしまってそれっきりなのか。それはプレーヤーたちにどんな心理をもたらしているのか。

 玲二の場合は、死なせてしまっては申し訳ないし気が重いと言ってNPCたちのために戦うようになる。それがゲームを管理している者の狙いなのか。だったらそれは何故なのか。そもそも「インフィニット・デンドログラム」はゲームの世界、プログラミングの結果に過ぎないのか。そんな想像も浮かんでくる。

 続く展開で玲二がどれだけ強くなり、そして兄が何者で、世界はどんな真相を見せるのか。興味を抱いて読んでいこう。


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