妹がスーパー戦隊就職しました

 ヒーローたちが繰り出すシュタイナーといったら、真っ先にフランケンシュタイナーが浮かぶ人間にとって、まるで違ったテイストを持ちながら、これほどまでに強力で刺激的なシュタイナーを味わえる作品は他にない。足首で相手の頭を挟んで勢いよくマットに叩きつけることなんてしない。けれども代わりに、アストラル界へと赴きエーテルを結晶させて神秘のエナジーを注ぎ込んでは魔獣と化した人間を、元の姿へと戻して世界が破壊される危機を防ぐ。

 何を言っているのかさっぱり分からない? フランケンシュタイナーからムーンサルトプレスを経てシャイニングウイザードへと行き、そのままピンフォールを奪うのが武藤敬二の戦いのスタイルだ? それはその通り。けれども世界には、武藤敬二も獣神サンダー・ライガーも使わないシュタイナーがあって、それがとてつもないパワーを繰り出し世界の平和を守っているのだということを、大橋崇行の「妹がスーパー戦隊に就職しました」(PHP研究所、743円)を読んで知るのも悪くない。

 そのスーパー戦隊の名は「人智戦隊シュタイナー」。定石通りにレッドがいてブルーがいてピンクがいてイエローがいて、あとはグリーンならぬオレンジがいるという戦隊に、18歳の赤羽トオルはレッドとして参加しては、律儀に毎週の日曜夕方という時間を守って現れる、堕身と呼ばれる怪物を相手に戦っていた。メンバーには妹のアオイもいて、オレンジとしてシュタイナーの面々をアストラル界へと導き、シュタイナーへと変身させる力をふるって、過酷な戦いを支えていた。

 かつてオレンジだった母親を戦いで失い、レッドだった父親もやはり戦いの中で失ったトオルとアオイにとって、「人智戦隊シュタイナー」は父母の正義への思いを受け継ぎ、全精力を傾けて敵と戦う神聖な場所だった。とはいえまだ少年のトオルにとって、メンバーとなているイエローのヒカルさんは飛び級までした科学者で、グラマラスで明るい美少女に見えるし、ブルーも165センチの長身でスタイリッシュでクールな佇まいのお姉さんに映る。

 ピンクの桃瀬マコトさんは、優しげで儚げで美しくって可愛らしい美少女として心に強く迫ってくる。もちろんそれぞれに悩みや苦しみは抱えていて、天才少女として持てはやされる一方で嫉みも浴びて育ったイエローは、他人を信じられないところがあったし、ブルーもお姉さん然と振る舞う影で怖い気持ちを抑えていた。ピンクには持っている風の力が決して強くはなく、戦いの中で足を引っ張っているのではという負い目が。そんな「人智戦隊シュタイナー」のメンバーたちの悩みが描かれ、そこにつけ込んだ薔薇十字団という敵の組織の攪乱があって、陽に影に揺さぶりを受ける主人公たちの姿が描かれる。

 さらに姉と慕っていた存在が、組織への不信や己の立場への沈思から、唐突ともいえる行動に打って出て、シュタイナーのメンバーたちを大いに戸惑わせる。欧州からやって来た、エーテルを集めて銃の形に変えて狙撃するという、他の誰も使えない技を繰り出すエリの参加は、その正体も含めて兄を慕い、亡くした父母を慕うアオイの心に棘のように刺さって苦しめる。美少女に囲まれ男ひとりというウハウハなハーレム状態ではない組織の中で、トオルは自分の力を信じ、役割を見出しレッドとして戦いを引っ張っていくという、スーパー戦隊物ならではの展開を楽しめる。シュタイナーとはいいったい何だといった関心を脇に置いても。

 そこでシュタイナーに本気で向かい合ったどうなるか。真正面からこれを食らったら脳天をマットに叩きつけられ相当なダメージを被るだろう、というのはフランケンシュタイナーの話。こちらはシュタイナーはシュタイナーでもルドルフ・シュタイナー。神秘学の権威であり教育にも熱情を傾けた人物が残した著作を咀嚼し、神秘学なり神智学なり人智学といったものを囓ってみてから読むとこれはなかなかなに、ルドルフ・シュタイナーの思想が現れ、それをスーパー戦隊による薔薇十字団との戦いというフォーマットに落とし込んで描いた啓蒙の書になっている、かもしれない。そうでないかもしれない。どちらだろう。

 巻末の参考文献を頼りに、シュタイナーについて学んでみるのも良し。そいういう思想があるんだと了解しつつ、神秘学っていろいろ使えて便利だなあと流して読んでは、バトルと恋愛のストーリーを楽しんでみるのも悪くない。いずれにしても、人はそれぞれに思いがあって、悩みがあって、考えがあって、信じるものがあるということだけは伝わってくるだろうから。

 三十路が近いからとトオルに結婚を迫る、元シュタイナー・ピンクで今は戦闘部戦闘課長のリサコさんの女傑っぷりに悶え、彼女で良いじゃないか、どうしてなびかないんだとトオルを責めるのも楽しい。もっとも、リサコにはどこか心に不穏なものがありそうで、メンバーたちが過去や思いを明かして成長していくのとは対照的に、陽気な言動の奥に秘め、かつての仲間から不審がられるリサコの本心が示された時、正義のシュタイナーと悪の薔薇十字団という構図すら崩れて、人間界だアストラル界だといった垣根を越えた激しい戦いの絵図が浮かび上がってくるかも知れない。

 だから望む。続きが書かれる時を。せめて必殺のシャイニングウイザードが炸裂する時を。だから武藤敬二じゃないんだってば。


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