イケメン離法

 若い内から髪の毛がなくなって、お腹もポッコリと出てきた当方を含む多くのオヤジたちは絶対に罹らないだろうと思われる、美形男子こと“イケメン”しか発病しない病気があって、それに罹るとある日突然に昏睡状態に陥ってなにをしても目覚めない。なおかつその病気はイケメンを相手に猛烈な勢いで伝染していったため、世のイケメンたちを恐慌に陥れる。

 世界に存在する男はイケメンばかりではないけれど、重要なポストにだってイケメンはいるし芸能の世界はイケメンがいなくては始まらない。貴重でもあり重要でもあるそんなイケメンたちを守るため、病気が伝染しない場所へと隔離して後の日本が舞台になっている小説が、相羽鈴の「イケメン隔離法」(集英社オレンジ文庫、590円)だ。

 そこではイケメンすれすれの少年と、父親が有名経営者の庶子と、そして舞台俳優の3人がそれぞれに隔離された場所で出会い考え動くといったストーリーが連作風に紡がれる。その幕間に宇宙開発に尽力しながら帰還した探査船の傍らで、最初の発病者として倒れたイケメンエンジニアの知人で、宇宙に行って病気の原因を探ろうとする宇宙飛行士の行動がはさまれる。

 つまりはイケメン病の原因は宇宙にあるということだけれど、その原因は不明でどうしてイケメンだけを狙うかもまだ分かっていない。そんな状況下で始まったストーリーは、まずは病気の判明から2年くらい経ったころ、高校を卒業して就職しようとした会社が潰れてしまってフリーターになり、栃木の喫茶店でバイトをしていた微妙なイケメンの広樹に「隔離礼状」が届くエピソードから幕を開ける。

 周囲もどうして彼がと思うくらいの微妙なイケメン。網走にある隔離施設へと運ぶ飛行機では、専用のシートがあてがわれてきっと凄いイケメンが来るかと期待したCAの「あれ」といった表情に当人も罪悪感を抱く。でも仕方が無い。発症の恐れありと見なされたイケメンは微妙であっても隔離されるのが決まりになっていて、広樹は網走の施設へと送られ、そこで先に入所したイケメンたちと共同生活を始める。

 そこでは、東大を出てドイツにも留学していたイケメン農学者が収容されながらも研究していたことから、とても重要な発見をする。それはイケメン病の進行を遅らせるものだったけれど、未だ撃退には至らず、続いてエピソードは網走から宮古島へと移送された、親が実業家の遊馬という青年が、知人になった先入者に喋ったことが週刊誌記事になったりする面倒な暮らしを送り始める。

 決して親とは良好な関係ではなかった遊馬だったけれど、自分を担当するカウンセラーと仲良くなって隔離施設からの脱走を企てるも失敗。そしてカウンセラーが自分との関わりがあった人物だったことを知って憤り、けれどもどうして正体を隠していたかを知り、そこに親の差し金はなかったことも理解し、自分を思う親の気持ちを知って少しだけ関係を修復する。

 イケメンは決して少数派ではなく、社会的芸能的に重要な者も多くいるため、すべてを網走や宮古島に隔離しておく訳にはいかない。東京から近い富士山嶺には最大のプリズンが作られていて、「六本木」とも「堀×学園」とも呼ばれる中で多くの芸能人が暮らしている。舞台俳優だった咲良もそこに入れられていた。

 もとより自分をアピールするのに長けた面々が集まっている場所だけに、「イケメンチャンネル」というものが政府公認で作られて、収容者はそこから外に向かって動画を配信していた。人気1位になると外から知人を呼べるという競争が始まって、咲良はどうしても1番になりたいと、施設で知り合った知人たちの協力も得ながらバーチャルアイドルを作って一気に順位を上げる。

 もっとも、そこは究極のイケメンたちもたくさん収容されている施設。朝の連ドラで国民の弟とまで呼ばれ慕われた俳優の泣き落とし作戦があって1位は難しい状況になった。実は彼女を呼びたいかでのイケメン俳優を上回るにはどうすれば良いか? といったところで咲良が打った手が、意外だけれどなるほどこれならと思わせるものだった。

 バーチャルアイドルを使った動画配信による人気投票といった、現代的な話題も取り入れたエピソード。これも含めてもしも病気でイケメンたちが隔離されたら、どういったことが起こりえるかをシミュレーションして見せたシチュエーション小説だとも言えそう。一方で、どうしてイケメンだけが罹って発病して昏睡するのか、イケメンではない人との線引きはどこにあるのかといった理屈がやっぱり不明で、宇宙のどこから来たのか、何を目的とした病気なのかも分からず、SFと呼ぶにはまだ謎が多すぎる。

 それでも、いずれ宇宙へと出て行った宇宙飛行士たちの手によってが原因の探求が進むと期待したくなる。登場するイケメンたちの決して高慢なだけではないさまざまな性格と出自を理解し、イケメンではない人間と変わらないことを知りつつ、それでもイケメンならではの苦労なり利点を感じながら、隔離されたイケメンたちがどういった生活を送り得るのか、イケメンが隔離社会ではどういった状況が起こり得るかを想像して、続く物語があれば楽しんでいこう。


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