異邦の探求者 −イストワールド・エトランゼ−

 科学の発展のためには多少の犠牲はやむを得ないという意見に与しない。進歩によって得られた恩恵で大半の人類に幸福が訪るとしても、不幸になる人間に自分がならないとどうして言える? そうでなくても、誰かの犠牲の上に立った幸福を甘受して生きていく傲慢な人間ばかりになった人類に、未来なんてあるはずがない。

 確実に成功し、あまねく人類に幸福がもたらされるよう、科学の発展に取り組む人たちには願いたいところだけれど、そうもいかないのが人類の歴史。先進国に恩恵をもたらす科学的な成果物が、途上国に苦しみを押しつけてしまっていることが過去にあり、現在にも存在する。

 良かれと思って取り組んだ科学の発展のための振る舞いが、すべての人類にあまねく不幸をもたらす場合だってある。そうなってからではもう遅い。だからそうならないための道を人類は探り続け、求め続ける必要がある。過去を振り返りながら。あるいは物語に学びながら。

 そんな物語のひとつが、第22回電撃小説大賞の応募作品から編集部によって拾い上げられ、刊行されたらしい成田杣道(なりた・そまみち)の「異邦の探求者 −イストワールド・エトランゼ−」(電撃文庫、630円)。アリス財団なる組織があって、離れた場所にある空間をつなぐ実験をしたものの、失敗して世界中のあちらこちらで異変が起こるようになった。

 「疵」(トレース)と呼ばれるようになった異常な空間の周辺には、異能の力を持つ者たちが現れるようになった。そのひとつ、占いの力を持った者たちが生まれた「占都」にやって来たのが、了次・A・スキップハートという少年と、ルート・M・エトランゼという少女。了次は実は「疵」の発生に巻き込まれた際に特殊な能力を持つに至って、今は「黒の協会」のエージェントとして活動しながら、魂を奪われ眠り続ける姉を元通りにする方法を探していた。

 相棒のルートも、異変が起こった日「ザ・デイ」で被害を被った者のひとりだった。ただし彼女の場合は、実験の場となったエルミの村ごと消えてしまって異次元に飛ばされ、そこから幽霊のように現実世界に姿だけが現れるようになった存在だった。通称エトランゼ。目には見えながら、現実世界の人間から干渉できないその存在は、味方にすれば心強いけれど、中には人間に敵対する者も現れ危険視もされていた。

 ただルートに関しては、陽気で前向きで了次といっしょに仕事をしながら、いつかエルミの村に行き、記憶を取り戻せる時を願っていた。そんな2人がペアとなって「占都」で挑むことになったのは、占い師たちが次々に誘拐されるという事件。誰よりも強い力を持った「希世の占い師」を求めた行動なのか、それとも。事件に挑んだ了次とルートは、コルクマンという異能の力を持った敵と対峙しながら、その敵の正体へと迫る。

 大きな科学的実験によって変容した世界、という舞台がまず魅力的。その影響で異能の力を持ちながら肉体的なハンディも了次、そしてエトランゼとして記憶を失い思いだけを残しながらも、今は了次といっしょに行動するルートといったメインどころのキャラクターに、引きずる過去があり、挑むべき目標があって突き進んでいく力が感じられる。

 脇役も魅力的だ。同じように異能の力を持って「欧科連」というところに所属しているライナーのプロフェッサーχ(カイ)、彼が連れいているフェンという名の犬のエトランゼ、プロフェッサーχに追われるDDという名の少女、そして了次たちの面倒を見ることになった宿屋で働く少女で、占い師の見習いらしいミァンという少女といったキャラクターたちが、それぞれに思いを抱き、願いを持って行動していて引っ張り込まれる。

 それは敵となるコルクマンも同じ。内線の英雄と呼ばれた将軍の弟を敬愛しながらも、失ってしまった思いを長く抱いて、やがて歪んでしまった運命がもの悲しい。そういった、惨劇を引きずりその影響を受けながらも今を生きようとする者たちの足掻きが楽しめる作品だ。

 眠り続ける姉と、了次との関係に少しの進展はあるけれど、根本の解決はまだ先のようす。次はどこに赴き、どんな活躍を経て了次とルートはそれぞれの願いに、どこまで近づいていけるのか。読んでみたい、その続きを。


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