北北西に雲と往け北北西に雲と往け2

 一生のうちに行きたい外国を挙げるなら、行ったことがある中国とアメリカを除けばインドのとりわけ南インドであり、「宇宙より遠い場所」とまで言われる南極であり、チリ領のイースター島であり、イタリアでありイギリスでありスペインといったあたりになるのだろうか。大自然を観に行くならギアナ高知でありマダガスカル島でありヴィクトリア大滝で、アイスランドはなかなか上位には入ってこない。

 北の方なら先にノルウェーやスウェーデンが来そうで、北大西洋に浮かぶ絶海の孤島、アイスランドを選んでわざわざ行くだけの動機はこれまで浮かばなかった。今は違う。入江亜季による「北北西に雲と往け」「北北西に雲と往け2」(KADOKAWA、1巻680円、2巻620円)を読んでいつか、機会があるならアイスランドに足を踏み入れてみたいと思うようになった。

 祖父が暮らすアイスランドに来た御山慧は、まだ17歳ながらも祖父から譲り受けたスズキのジムニーを運転しながら探偵業のようなことをやっている。クルマと話ができるという異能があって、あるクルマを追いかけた先で男が連れていた犬を、依頼主の女性の元に連れて行く仕事では、止めてあった相手のクルマから事情を聞いていた。

 そこにSF的とかファンタジー的な説明はなく、もしかしたら鋭敏な観察力で何か言葉を聞いた気になっているだけなのかもしれないし、本当に声が聞こえるのかもしれない。慧が家に居候をしている祖父は、鳥に入り込んで引き寄せることができるらしいから、一族にはそれぞれに何かしらの異能があるのかもしれない。

 そんな異能使いの少年が、アイスランドを舞台に出会って繰り広げるハードなディテクティブストーリーかと思ったら、第1巻では祖父がナイスミドルの魅力を放って、女優だという美女と仲良くなるのを目の当たりにしたり、カトラという名だった美女の姉の娘らしいリリヤという美少女と知り合ったりと、いろいろ華やかな雰囲気が漂ってくる。

 荒野で転倒したジムニーから毛布を持っていったり、滝で水浴していたりと奔放で、最初はアイスランドに暮らす妖精かもしれないと慧に思わせたリリヤが、自分が見られたのだからと慧にも裸を見せるようと迫ったりする展開もあって、コメディとまではいかないものの、ちょっとしたコミカルさを持ったラブストーリーを感じたりする。

 もっとも、第1巻については突然、日本にいて弟の三知嵩を預けていた叔父や叔母と連絡がとれなくなり、祖父とともに戻って家が売りに出されていることに気付き、三知嵩の行方を探す展開があって緊張が走る。どうやらアイスランドに向かったらしいと聞いて戻った時、弟の三知嵩を日本から日本の刑事が追ってきていて、叔父と叔母を殺害したらしいと聞かされる。

 慧は弟を信じてそんなことはないと刑事に言う。そして刑事の目をくぐり抜けて再会した三知嵩も、自分はそんなことはしていないと慧に言い、涙まで流して釈明する。もっとも、ここでもある種の異能が発動する。アイスランド美少女のリリヤは三知嵩の話す音には汚れがあって、嘘をついているから2度と連れてくるなと訴える。

 そこから始まる、三知嵩という美しき悪魔かもしれない人物の真実に迫る物語を読めるかと思ったら、第2巻では慧とは日本で同級生だった少年で、今はアプリ開発を手がけている清がやって来て、アイスランドのあちらこちらを観光して回るエピソードが描かれる。荒涼としている大地で長い時間をかけ、風化して岩の隙間にたまった砂に草が生え、花が咲いていくアイスランドの大地の苛烈さを感じさせる。一方で、滝が流れ温泉もあちらこちらに湧いていて、大地がそこからわき上がって生まれているエネルギッシュな大地だとも思わせる。

 読めば行ってみたい、そして感じてみたいといった気持にさせるアイスランドの自然たち。地球の中から噴き出した大地が地球をぐるりと回って日本で沈んでいくとしたら、日本とアイスランドは離れていながらつながりをもっているのかもしれない。そう考えると“始まりの場所”として訪れてみたくなる。

 そうしたアイスランド観光ガイド的な展開の合間に、三知嵩が牧場の柵を切って回るシーンが挟まれ、その性格に対する不穏な気分がわき上がる。日本にいた時も、兄の前で無視を平気で踏みつぶして見せた三知嵩の本性を、慧は知っているはずだ。それでも信じたい三知嵩が本性を現す時にどんな事件が起こるのか。それは悲劇となるのか。アイスランドの良さを感じさせてくれた第2巻に続く第3巻で、そのあたりも描かれていくものと信じて続きを待とう。


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