響ケ丘ラジカルシスターズ

 想像したのはセーラー服美少女戦士。あるいは唄う大竜宮城。少女歌劇団に入った見目麗しい乙女たち3人が、何の因果か歌劇団を狙う一味に狙われ戦う羽目になり、困り果てていたところに現れ出たる救世主が、いにしえより伝わる変身アイティムを彼女たちに手渡し、「これを使って敵を倒して歌劇団の危機を救うのじゃ」と言って聞かせ、かくして勇猛果敢で純情可憐な乙女たちによる一大バトルが、繰り広げられるというそんな展開が、タイトルを聞いて真っ先に頭に浮かんだ。

 だから肩すかし、といった感じをまずは抱いてしまった井上剛の「響ケ丘ラジカルシスターズ」(ソノラマ文庫、552円)。響ケ丘歌劇団という名前の、宝塚によく似た仕組みの少女ばかりが集まり学び、やがて全国の少女たちが憧れる少女歌劇のスタアになっていくという学校に入った、お姫さま系にお姉さま系にお嬢ちゃん系の少女3人。何の因果か歌劇団を狙う一味と戦う羽目にはなるものの、タイトルにある「ラジカルシスターズ」なるものに”変身”するでもなく、必殺技を決めゼリフともども見せてくれる訳でもない。

 なおかつ襲ってくる敵の動機はどう考えても半ば逆恨み。400年という歴史の割には日本の闇の裏側に根を張り政治も経済も牛耳っている、とは言い難くせいぜいが芸能界を左右できるかどうかといった程度の規模でしかない。一方で「ラジカルシスターズ」、すなわち響ケ丘歌劇団の新入生3人の側も強さは半端、財力も日本経済を裏で支配するといったものからほど遠い。

 挙げ句にたどり着いたエンディングは、規模こそたいしたことはないものの、歴史の分だけ根深く蔓延っていた悪の組織を相手にただの人間たちが、ちょっとした財力、ちょっとした体力、ちょっとした知力という、ほとんど徒手空拳に近い立場でち向かう羽目になってしまう、成長の物語とも勧善懲悪のカタルシスとも一線を画した、どこかすっきりとはしないのになっている。

 力もないのに強大な敵と戦う羽目になったヒロインたちが、偶然必然のすべてを使い、卑怯と誹られる技だって繰り出しながら敵を駆逐していく物語、例えるなら川原泉の「笑う大天使」のような、超然としたギャグを土台に時折センチメンタルなエピソードも挟み込まれる展開だったら、「そんな莫迦な」とふくれながらも笑って楽しむことが出来ただろう。けれども「響ケ丘ラジカルシスターズ」は、ウルトラマンに超人ロックにケンシロウへと変わるような非現実的展開はなく、現実をそれほど逸脱することのない展開になっていて、納得はできても圧倒される感じは余り得られない。

 だったらつまらないかと言うとさにあらず。宝塚の、ではなく響ケ丘のことについてはモデルを持っている関係もあって、結構緻密に描かれていて知らない人は勉強になるし、知ってる人はそうだそうなんだと楽しめそう。どうやれば試験に合格できるのかという情報。合格できても予科と本科、年次が1年違うだけで天と地ほどに待遇が違うという情報が得られて勉強になる。

 何よりキャラクターがそれぞれにしっかり立っていて分かりやすい。とりわけ「ラジカルシスターズ」の中では庶民派の柚子、ではなく一般家庭の出ながら運の良さもあって響ケ丘歌劇団に合格してしまった忍という少女の、敵であっても親身になって相談に乗り、その過程で敵の様子を余すところなく知ってしまう脳天気で楽天的な性格能力が面白い。

 そんな彼女を間に挟んで、史緒ならぬ新興企業の社長令嬢というまどかと、和音ならぬ東京生まれで気っぷのよさとケンカっ早さは誰にも負けない由宇が、いがみあいつつ協力し合って進められる敵「征服座」、すなわち男のみが舞台に上がる資格を持つと決めてかかっている歌舞伎の流れを汲む一派との戦いの行方には興味を引かれる。国家や財界といった大げさな背後関係を共に持たない、決して圧倒的とは言えない両者の戦いがどこへ向かいどう帰着するのか興味を惹かれる。

 続きがあるという保証はなく、このまま1編の変身しない美少女バトルものとして終える可能性もあるけれど、折角立ち上がった「響ケ丘ラジカルシスターズ」、例え勘違いでも思い込んだら空だって飛べる、かもしれない人間の気持ちの強さを3人の少女たちの頑張りに重ねつつ、描いていってもらえれば透かされた肩にもやがて感動のドラマが張り付き重なることになるだろう。


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