初恋の世界

 40歳だけれど長身で痩身で、それでいてグラマラスでもあってなおかつ眼鏡も似合う美人だったら最高ではないかと思うのだけれど、それは漫画だからそう描かれているだけであって、現実ならどうなるものかと考えたものの、観月ありさなり井川遥なり木村佳乃といったあたりが、1976年生まれで2016年の段階で40歳だと考えると、案外に現実の世界にも長身で痩身でそれでいてグラマラスで、かければ眼鏡だって似合いそうな美人の40歳女性が実在するのかもしれない。

 とはいえそんな女性は観月ありさにしても井川遥にしても木村佳乃にしても、だいたいが結婚をして子供だっていたりするのもまた現実で、だからモリノカフェというちょっぴり高級なコーヒーをしっかりと煎れては、落ち着いたインテリアの中で耳心地の良い音楽でも聴いてもらいながら、コーヒーをじっくりと味わってもらうカフェで店長として働き続けているというのは稀かもしれない。

 だからどうして小松薫という、長身で痩身でそれでいてグラマラスで眼鏡がとても似合う美人が、40歳になっても独身のままモリノカフェで働き続けていたのかが分からない。学生時代にオタクで腐女子な同人誌を作っていたからだというなら、いっしょに作っていた仲間たちは結婚をして子供がいたり別れながらも経験があったり家庭のある男と恋愛していたりと、彼氏方面ではしっかりと現役感を漂わせている。ひとり小松薫だけがどうして。そこがひとつ、読んでいく上での鍵になるのかもしれない。

 ともあれ40歳になった長身で痩身な割に、胸とかあって眼鏡も似合う美人に描かれている小松薫を主人公にした西炯子による「初恋の世界1」(小学館、429円)。コーヒー販売会社のモリノコーヒーが立ちあげた、最高の環境で最高のコーヒーと甘いお菓子を楽しんでもらうモリノカフェというコンセプトを立ちあげ、軌道に乗せて全国展開を始めた矢先、鹿児島ならぬ角島にも出した店が今ひとつということで、そこに地縁のある小松薫が新しい店長として赴任することになる。

 東京を離れたくはないものの、他に行く人もなく故郷に戻った小松薫がさっそく店を訪ねると、そこにあったのは本来のコンセプトからかけ離れたモリノカフェだった。禁煙なはずが煙草はオッケーで、コーヒーだけのメニューなのにランチをやっていてナポリタンとか出している。近所のおじさんおばさんが煙草を吸える店としてたむろし、パソコンを開いて仕事をしている学生だかプログラマーだかもいる。静かで落ち着いた雰囲気の中でコーヒーを味わう店ではない。

 どうしてそんなことに。鈴木という現任の店長が店を開いたものの伸び悩む売上に参っていた時に、ふらりと現れた小鳥遊という長身の男が手伝いに入りつつ、店を自分の良いようにきりもりをして、地元の人が好むメニューや雰囲気に作り替えていった。それで売上は伸びたから鈴木店長としてはとりあえずオッケー。ただし本社にはとても言えない状況だったところに、小松薫が新しい店長としてやってきたからこれは困った。今の店長も、そして小松薫も。

 困ったとはいえすでに回っている店をすぐには変えられない。引き継ぎの間をとりあえず、小鳥遊がきりもりしていた形を維持するものの、やがて店長となった小松薫はまず禁煙を打ち出す。そしてお客さんに逃げられる。それで良いのか。それが正しいのか。客が望む店のあり方と、店側が望む店のあり方がぶつかり合う中で、迷い葛藤する小松薫の姿が見られそう。

 一方で、地元に帰って再会した学生時代の仲間たちが、それぞれに家族を持ったり不倫をしたりと自分の感情を満たす生き方をしていて小松薫を迷わせる。自分は何をやっているんだろう。そんな心の隙間に、どこか謎めいたところのある小鳥遊が忍び込んでいくのか、それとも。そんな想像をめぐらせながら読んでいけそうなストーリー。学生時代に小松薫の仲間だった黒岩富子が、どこかで小鳥遊のことを見た記憶があるらしく、また美味しいナポリタンを作ろうと思えば作れるところに、小鳥遊という男の真実が隠れていそう。そこも含めて続きが気になる。

 それにしても本当に可愛い小松薫40歳。漫画だからそう描かれているだけなのか。リアリズムで描写をするととたんに40歳ならではの表情が現れてくるのか。気になるところではあるけれど、そこは観月ありさや井川遥や木村佳乃が保っている美貌やスタイルをあてはめて、実在しても不思議はないのだと思い込みたいし、ほかの40歳の女性たちにもそうあれるのだということを、信じつつそうあろうとして欲しい。恋もしないまま独身で居続ける必要はないけれど。そうなることもないだろうけれど。


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