犯罪者書館アレクサンドリア〜殺人鬼はパピルスの森にいる〜

 なかなか面白い。だからこそちょっぴりもったいない。そんな気がした八重野統摩の「犯罪者書館アレクサンドリア 〜殺人犯はパピレスの森にいる〜」(メディアワークス文庫)。父親が友人の連帯保証人となって抱えた借金を残したまま事故で死に、その息子の神田六彦は、相続放棄をするかと思われ、借金の取り立て屋に拉致されて、内蔵をバラされ売られようとしていた。

 そこに夏目という謎めいた美女が現れ、六彦を6000万円という大金で買って、自分が経営する書館で働かせ始める。夏目は六彦を薬で眠らせ、自分が取り仕切るアレクサンドリアという名の書館へと連れて行く。目覚めた六彦は冬も近づき寒さも厳しい部屋でシャワーを浴び、着替えて店へと出て、そこが犯罪者だけが集まるという奇妙な書館だと知る。

 実際に客として来たのは、一生懸命に口にするハードボイルドな口調が似合わない、アーミンとう名の美少女姿の殺し屋や、男性でも女性でも誰にでも変装できるという触れ込みの栗栖と名乗る青年たち。店の中でひとしきり歓談したあと、夏目が取り寄せた本を定価の10倍という値段で買っていく。

 それは確かにぼったくりだけれど、元がそれほど高額ではない本を10倍の値段で売ったところで、たいした金額にはならない。おまけに通ってくるのは犯罪者たちばかり。町中にある大型書店ほどには客は来ない。それでいったいどうやって儲けているのか。そもそも儲けとか度外視のシステムがそこを成立させていのか。どうにも謎めく。

 六彦も抱くアレクサンドリアへの疑問について説明らしきものはあるけれど、それを成り立たせるにはやっぱり来る客が少な過ぎる。サロンなり商談の場所として機能しているようにも感じられないのも悩むところ。そこに書かれていないだけで、アレクサンドリアにはもっと多くの客がいて、それなりに繁盛はしている可能性はあるけれど。

 ただ、主人公が働き始めてからそれほど時間も経たないうちに、アレクサンドリアに大きな転機が訪れてしまって、夏目さんがそこでいったい何をしていたのか、どんな裏事情がアレクサンドリアにはあったのかが見えなくなってしまうのが残念なところ。そこについては夏目さんの過去や発した言葉、そして悲しくも寂しい結末から想像するしかなさそうだ。

 そんな書館アレクサンドリアと、夏目さんや集まる人々によって醸し出される不思議な空気を一方に置いて、ストーリーの方では六彦がアレクサンドリアで巡り会った本をひとつのヒントにしながら、起こるちょっとした謎を解き明かしていくミステリ的なエピソードが重ねられていく。

 殺し屋の少女がいつも10万円近く出して、探偵のフィリップ・マーロウが出てくるレイモンド・チャンドラーの「さらば愛しき女よ」を買っては、これは違うと捨てたり人にあげたり燃やしたりしている謎がまず突きつけられる。次いでP.D.ジェイムズの「女には向かない職業」が好きという名画の贋作者が、どうやって贋作をする作品を選り好みしているかという問いが投げかけられる。

 そんな謎に、とりたててミステリが好きではないけれど、観察眼と理解力はある六彦が、本に触れたり読んだりすることで答えていく。ミステリ系の本やミステリのストーリーに関する知識が得られるという面で、収録された個々の短編は面白い。ただ、3章あるエピソードが1冊を構成した小説となった時に、夏目さんをめぐる本筋とどこまで絡み合っているかが、判断に迷うところでもある。

 六彦の推理の冴えを実証する材料にしかなっていないところが、この本にどこかもわっとした感じ、もったいないなあという思いを覚えさせる。シャーロック・ホームズを名乗る者が起こす、アレクサンドリアの常連客が次々に殺されていく事件の解明に向けたひとつの伏線には確かになっている。かといって動機に迫るようなものではないような気もする。

 そんなバランス面のズレを気にせず、夏目さんというクールな美女に出会えて、その変わらない表情に隠れた焦燥なり、感情めいたものに触れられるという部分に気持ちを向ければ、ひとりの人間の生き様なりを感じられて、読んで何かを得られたと思えるかもしれない。

 それにしても気になるのが、アーミンはいったいどっちだったんだろうということ。夏目さんがあってのアレクサンドリアだとしたら、もう続きはないだろうけれど、もしもあったとしたらそこで明らかにされて欲しいもの。ビジュアルと背伸びしたような言動だけでも十分に可愛らしいんだけれど、やっぱり気になるその中身。本当にどっちなんだろう。


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