破滅軍師の賭博戦記 幼き女王は賽を投げる

 教科書になるような戦略戦術の論文を書ける人間が、実際の戦場でどれだけ活躍できるのか。「戦争論」で知られるクラウゼヴィッツが、戦場で国の命運を左右するような軍功を立てたといった話は聞かないし、「世界最終戦論」の石原莞爾も軍事思想家として讃えられても、軍人としての活躍は謀略めいたこと以外ではあまり聞かない。

 教科書と戦場とはまるで違うもの。常に変化する現場を指揮する上で教科書の理論など何の役にも立たないと、戦線を指揮する司令官なり参謀は言うだろう。一方で、そうした変化も含めて予測しているからこそ戦術戦略論は尊ばれるといった言い分もありそう。正しいのはどちらなのか。結局のところ、すべては人それぞれの持てる才気にかかってくるのかもしれない。

 至道流星による「破滅軍師の賭博戦記 幼き女王は賽を投げる」(ノベルゼロ、750円)に登場するライナー・クラウゼン中佐という男は、士官学校を首席で出た俊才ながらも性格は怠惰で破天荒。戦場で死ぬのが嫌なのか、論文を書いては上に認めさせて士官学校の講師になり、生徒に戦術戦略を講義し、本も書いてそれがヴェストファリア王国内だけでなく、近隣の国まで広がり読まれる程の軍事学者として名を馳せている。頭脳だけなら王国一、と言ったところか。

 もっとも、講義以外は酒とギャンブルに浸る生活で、もらった給金はすぐに賭場に消え避けに消え、小銭を稼ごうと上官のところに行っても買ったり負けたりを繰り返す。それでもクビにならなかったのは、戦術戦略の講義に優れているだけでなく、戦場でもしっかりと勝利をつかめるだけの采配を繰り出せるから。参謀長として派遣され、敵軍に占拠された領内の都市を奪還する戦闘では、街に砲撃を食らわせ軍勢を割って搦め手に主力を投じる作戦で敵を潰走させて勝利をもぎ取る。

 それでも戦場に立ち続けることはなく、戻って酒とギャンブルの日々に戻ろうとしたらこれが許されなかった。ヴェストファリア王国で新たに女王の座についた、若干15歳の少女、コルネリア・クラインハインツが隣国に対して宣戦布告に等しい演説をぶって、周囲を唖然とさせる。その上、怠惰な酔っ払いと軍内部では知られたライナーを呼びつけ、参謀長ではなく司令官に任命して大国との戦闘に臨ませる。

 小さな戦いだったら理論も通じるかもしれない。けれども敵は強国で軍勢も文字通りの多勢に無勢と行ったところ。そんな戦いにライナーは、戦略戦術の教科書には書いていない用兵を用い、ギャンブラーとしての性格を爆発させるようにして奇策を用いてギリギリのところで勝利を掴む。以後もコルネリアの命令によって遠征してきた大国の軍勢を退ける活躍を見せた果て、コルネリアよりライナーにとんでもない大博打が提案される。果たしてライナーは受けるのか。そこが目下の関心事だ。

 最前線に立つ軍人たちは、ギャンブルの欠片も見せないくらいの真面目さで、軍務に取り組んでいる。ライナーの理不尽な命令でもこなして、国のために命を捨てることすら厭わない。その国を率いるコルネリアがライナーにも負けず劣らないくらいのギャンブラーというのが味わい深い。このままではジリ貧になりかねない国を救うという名分はあるものの、外交という手段も経ず経済的に国力を高めると行った政治も脇においやって、まずは戦争というピーキーさに目を奪われる。

 考えようによってはそうせざるを得ないくらいに国は追い込まれていて、今はとにかく領土を確保し賠償金を得て国を軍事的にも財政的にも立て直すのが先だといった戦略から、ギャンブルめいたことをしているのかもしれない。いや、ライナーを相手にギャンブルを挑み、銀行を率いる家に生まれたアリシアを相手に、それこそ国をかけるくらいのギャンブルを持ちかけるところは、やはり生来のギャンブラーなのだろう。

 それが国を滅ぼしても自分の昂揚のためかは不明なところ。女王としての矜持とギャンブラーとしての昂揚の、どちらを取るかも今後の楽しみどころとなりそう。ライナー自身はそんなコルネリアのギャンブルにどれだけ付き合っていくのか。使われるだけの立場に嫌気を見せて自身がギャンブルに挑むのか。そこも気になる。

 戦線は拡大して戦術から戦略へ、そして謀略めいたものも含めて必要となってくるだろうこれからの展開。経済を絡めた社会の描写を得意とする至道流星ならではの、国債の売買といった要素も要素も最初から載っているだけに、今後はもっと大きな経済の仕組みも絡んできそう。大博打を打てる余地も狭まる中で、ライナーは、そしてコルネリアはいったいどんなギャンブラー魂を見せてくれるのか。続きが楽しみだ。


積ん読パラダイスへ戻る