這いよれ! ニャル子さん

神社の木に宿る神様が顕現しては、胸板が薄目の少女となって少年の家に居候し、手にした魔法のステッキ(修理品)から光を放って周囲を照らし、これで暗い夜道も一安心、けれども妖怪変化は倒せませんとやって無駄飯ぐらいさをアピールする。

 それでも外面は良くして少年の周囲を羨ましがらせ、最後にしっかり居場所を見つけて少年と良い感じになってしまって、元からいた少年の幼なじみの少女を走らせながら泣かせたりするという、そんな話を描いてアニメにして楽しませてくれる。それがこの日本という国。

 古来から傍らにいると信じて崇め奉ってきた神様ですら、こうして仲良しさんにしてしまうくらいだから、異国のそれも創作から生まれた神々ならもう自由自在の千変万化。SFや伝奇やホラーや漫画に取り込むなんてお茶の子で、ライトノベルやゲームにだってすでに豊富に取り込まれては、関心を抱くものを日本に生みだしそして異神たちへの潜在的な信者を増やしつつある。

 とにかく貪欲。そして自在な吐き出し方。「第1回GA文庫大賞」の奨励賞を受賞作した逢空万太人の「這いよれ! ニャル子さん」(ソフトバンク・クリエイティブ、600円)などそんな自在さの究極に位置しそうな作品で、読めばたちどころに感化され顕現した神の足下にひれ伏し、帰依してはその暴虐ぶりに振りまわされ、すべてを食い尽くされてもなお微笑んで暗黒へと堕ちるだろう。

 それほどまでに強烈な波動を持った神とはいったい何者なのか。分かる者はタイトルですぐにピンと来たかもしれない。そこで気づかずとも、ヒロインが「這い寄る混沌、ニャルラトホテプ」と聞けば、なるほどそうかとすぐ気づく。

 クトゥルー。またはクトゥルフ。あのH・P・ラブクラフトが創造して描き上げた小説世界を、友人のオーガスト・ダーレスが大系化して生まれた神話世界。その住人にして最強に近い存在であるところのナイアラートテプことニャルラトホテプを、こともあろうに美少女化してこの世に顕現させたのがこの「這いよれ! ニャル子さん」なのだ。

 真夜中。美少女にも見える容貌を持った少年の八坂真尋は、何者かに追われて走っていた。背中に翼が生えていて、頭部には左右非対称の突起が伸びた全身真っ黒の巨人。怪物としか言いようがない存在に追われ、八坂真尋が恐怖から「誰かっ」と叫ぶと、そこに1人の美少女が現れた。

 小柄で髪が銀色の少女が、怪物の腹を抜き手でぶち破って四散させて消滅させた。いったい何者だ? 少女は言う。「こんばんわ。いつもニコニコあなたのそばに這い寄る混沌、ニャルラトホテプです」。

 こうして八坂真尋と出会ったニャルラトホテプは、ニャル子と名乗り宇宙の人身売買組織に狙われているからといって、真尋を護る座に就き真尋の家に居候を決め込み、現れる怪物との戦との過酷な闘いへと進んでいく。

 美少女に見えてもそこは這い寄る混沌にして闇に棲むもの。敵が迫ればインステップで股間を蹴り上げ、マウントポジションから火の着いたタバコを押しつけ根性焼きを入れ、両方の手に持った石が削られ小さくなるくらいの回数を殴りつけて、相手を黒いカタマリか何かに変えてしまう。

 何たる凶悪さ。何たる暴虐ぶり。異神たちでも最凶と恐れられる理由もよく分かる。あまつさえ身の程を知らない敵に対しては、背中に隠した「名状しがたいバールのようなもの」を取り出し、問答無用で殴りつけるその凄まじさたるや。見方にすれば頼もしいことこの上ない存在。けれども敵にしたらこれほどの恐怖はないだろう。ないはずだ。

 そんなニャル子にも天敵が。名をクトゥアグちゃん。ニャル子を瀬戸際まで追いつめていくけれども、そこはやっぱり這い寄る混沌なだけあって、撃退の果てに真尋を襲おうとする敵を根こそぎなぎ倒し、晴れてこの世での使命を終えて自分の星へと帰って……行かないの?

 そういうことで物語はまだまだ続く。ネタはそれこそ闇のごとくに満ちているから、次に何が現れるのかに期待しながら、楽しんで読んでいけそうだ。次に現れるのは無限の中核に棲む原初の混沌な美少女か。使われる武器は全にして一、一にして全なるハリセンか。間があくようならその間は、原典にあたって、それがどうなりあれがどうなるのかを勉強だ。


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