房来簿 神崎時宗の魔法の仕事

 自らを職人と標榜する「エアロコンセプト」の菅野敬一は、板金工場で新幹線や飛行機の部品を作る傍ら、自分が使いたいものをと作り上げた、縁となる部分に穴をあけ、表と裏に革が貼ったジュラルミン製のアタッシェケースをはじめとした品々が、世界のセレブによって認められ、大手ファッションブランドから求められても、決して相手先ブランドで提供するようなことはせず、大手の流通会社から引き合いが来ても、量産してばらまくこともしていない。

 自分は職人であってデザイナーではない。商売人でもない。独りよがりだと思われても、自分が納得するものを作り、それに納得してくれる人がいれば受け取ってもらうというスタンスを、曲げずに続けてきたからこそ「エアロコンセプト」は、2003年の誕生から10余年が経っても廃れず、飽きられもせず、むしろ口コミによってじわじわと支持を広げている。

 もちろんそこには板金工場で培った技術があった。若い頃からハイカラなファッションに触れて習い覚えてきたセンスもあった。けれども、核にあるのはやはり職人としての魂だ。良いと思うものを、確かな技術で作り上げる。安売りはせず、むしろ安く買おうとは思わせないものを作り上げる。そんな職人魂がこもった「エアロコンセプト」の品々は、手に取る人にわき上がるような喜びをもたらす。

 確かな技術と経験に裏打ちされた説得力。それが、優れた職人の作り出すものにあるとしたら、つるみ犬丸の「ハイカラ工房来客簿 神崎時宗の魔法の仕事」(メディアワークス文庫、570円)に登場する若き革職人の神崎時宗も、その域に近づきつつあるのかもしれない。

 ガールフレンドからもらった革製の手袋が、手にぴたりとはまるからと気に入った神崎時夫身が、それを作った100歳近いけれども矍鑠した革小物の職人に弟子入りし、その工房で仕事を始めて数年。忙しさのあまり、手袋をプレゼントしてくれたガールフレンドとは別れてしまうという本末転倒があったものの、時宗は職人らしく頑固な親方に怒鳴られても逃げ出さず、修行に励んでどうにかそれなりに認められる革小物を作れるようになる。

 駆け出しの職人として、いよいよこれからという時、親方に言われて入荷した革の検品を任された時宗は、ひとり残された工房で、なぜか神棚に飾られていた革の箱が気になり、手にとって開こうとしたところで大地震に見舞われた。どうにかしのいだもの、散らかった工房を片づけ終わって眠気に誘われ、意識を失った時宗が目覚めると、そこは95年ほど昔の浅草で、工房がはいっている建物ごとタイムスリップしていた。

 集まってきた人たちから、いきなり空き地に家なんて建てやがってと責められ、警察からも何をしたのかと疑われたけれど、そこに居合わせた地主の娘を人力車から助けたことも幸いして、建物ごとしばらくそこに止まることを許された。そして時宗は、騒動に紛れて落としてしまい、人々の手を経て質屋に入れられてしまった秘密めいた革箱を買い戻すために、修行で培った職人の技術を生かして働き始める。

 そこに持ち込まれるさまざまな難題。端緒は、時宗がそこにいられるきっかけとなった少女が嫁がされることになって、候補となった2人の靴職人が、外国人のための靴を作ることになったその勝負に割って入って、意外なものを作って見せたこと。21世紀に生きた知識と、職人としての経験もあって勝負に勝った時宗は、ただ腕が良いだけでなく、使う人の思いや悩みも解決してくれる“名探偵”あるいは“名医”のような存在として認められた。

 それからというもの、華族の家族のお嬢様や政府の役人、父親思いの少女といった人たちが、革小物に関連した相談を持ちかけてきて、時宗はそれらを持ち前の技術と柔軟なアイデアで乗り切っていく。最初に争った靴職人たちからも慕われ、大正の浅草に居場所を得ていった時宗だけれど、いつか元いた世界に帰りたいという思いは失っていない。ようやく取り戻した革の箱を使って、時宗は帰っていくのか、それとも……。

 過去と現在とをつなぐ円環めいたものも想像される設定が、この先にどういう風に生かされ、驚きと感動を与えてくれるのかに興味がつきない。なにより職人として時宗が、どれだけのアイデアと技術を駆使して品々を作り、それでどれだけの人々を喜ばせ、悩みを解決していくのかといったドラマも読んで観たい。続くならば待とう、その物語を。

 著者のつるみ犬丸は、「駅伝激走宇宙人 その名は山中鹿介!」(メディアワークス文庫)で宇宙人が駅伝を走るという、突拍子もない物語を描いてデビューした作家。そこに込められた誰かを救いたい、誰かのためになりたいという思いは、この「ハイカラ工房来客簿」にも溢れている。そして革小物に関する知識もたっぷりと盛り込まれ、読むほどに勉強になり、革小物への興味がわいてくる。同時に職人という仕事への関心も。

 読み終えて今、未来に希望を抱けていない人や、何をやったらいいか分からない人は、職人という生き方もあると考えてみると良いかもしれない。参考に1冊。 高久多美男著, ・編集、森日出夫写真の「SHOKUNIN 職人・菅野敬一の生き方」(ジャパニスト出版)を挙げておく。


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